odd_hatchの読書ノート

エントリーは3600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2026/7/3

将基面貴巳「言論抑圧 矢内原事件の構図」(株式会社百万年書房) 部下に言論抑圧があったとき、組織のトップは対抗できるか。個人の抵抗にまかせるだけで大学の自治は守れるか。

 元は2014年に中公新書ででていたが、出版元を変えて2019年に電子書籍になった。


 戦前の言論抑圧事件はおもにマルクス主義研究者に向けられていた。1935年までに共産党は壊滅したので、ターゲットは自由主義や個人主義を主張する研究者に向けられる。マルクス主義研究者への言論抑圧には森戸事件・滝川事件が有名。その流れで1937年の矢内原(忠雄)事件が語られる。通常、前者の事件は語られるが、矢内原事件は詳細が研究されていない。たんじゅんな「言論抑圧」とみてよいのか。そこで、著者は関係者が残したものと同時代の報道その他を丹念に読み込み、ほぼ一日ごとになにがあったかを詳細に記述する。そこから何が見えてくるか。
 森戸と滝川事件は二人の教授の学説(学術研究成果)に対する国家の介入だった。しかし矢内原の場合、問題にされたのは総合雑誌に投稿した論文と一般向けの講演会だった。学者としてではなくジャーナリスト邪としての学外の活動だった。雑誌は即座に発禁となる。それを問題視し火付け役になったのは文部省、それに乗って騒いだのが右翼言論人。東大総長は当人の反省と大学の遺憾の意表明で収めようとした。上記の事件では大学教授会は一枚岩となって文部省などからの介入に対抗しようとしたが、法学部の教授会では派閥抗争があって、統一することができなかった。そこに矢内原教授が辞表を提出して、事は収束する。
 よく言われるような言論人や大学教授への言論抑圧があった、というには状況が異なる。矢内原は非難を浴びて憔悴はしたが、国会で証言したり文部省に呼び出されたりはしなかった。そこで、著者は抑圧の対象になったのは、矢内原ではなく、大学の総長であったとみる。文部省と直接退治するべき総長に圧力があり、総長は対抗できなかった事件なのだった。対抗できなかった理由は矢内原が所属する法学部の教授会が派閥抗争で割れていたから。有力教授が支持しなかったので総長は孤立し、文部省などの圧力に屈した。これはのちに文部省が大学に圧力をかける際の常とう手段になった。直接教授を攻撃するのではなく、人事に責任を持つ総長を攻撃することで大学の抵抗を失わせた。大学の自治というと、権力による大学への介入を許さないという意味だ。ではその抵抗の主体はどこになるのか。個々の教官たち? 学生たちは含めるべき? 総長ひとりに権限を集中した体制で対抗できるのか? 「大学の自治」の内実はあまり検討されていないのではないか、と著者は提起する。
 またこの問題は「愛国心」をテーマにしていた。矢内原は理想の国家から見て現状がお粗末だから国家を批判するのが愛国心だと説く。矢内原を非難した右翼言論人は今ある国家を現状のまま支持するのが愛国心だとする。愛国心の中身の違いは21世紀になっても対立の種になっている。著者は「愛国の起源」ちくま新書を書いているので、愛国心の検討はそこでやっているはず。ここでは指摘だけ。
(なお、事件の起きた1937年は国家の真髄は「国体」であった。リベラルの矢内原も「国体」を否定していない。21世紀の議論には参考にならないかも。この年には文部省が「国体の本義」を出版した。各所からのつっこみを恐れたので、かえって難解になったとのこと。)
 治安維持法による拘禁、逮捕、拷問のような事件ではない。権力の悪辣さがめだつわけでもない。アカデミックの内部にいる人には切羽詰まる事件ではあるが、学外にいるものには「言論抑圧」としては迂遠にすぎるな。参考になりますが、積極的に読むまでのものじゃなかった。昭和の暗黒史のひとつ。

 

 矢内原を非難したのは蓑田胸喜という右翼。敗戦後の1946年に自殺した。全集がでているとのこと。著者が言うには、議論は飛躍し、罵倒がでてきて、論旨は追いにくいというもの。それを本書の著者は読み込んで、いくつかの特長を摘出する。研究者としての矜持。
 でも、右翼やネトウヨの支離滅裂な文章を読んで実はこういっているのだと解説するのは、一般人はやらないほうがいい。筋が通っているように見えてしまうから。高尚な思想を持っているかのように思えてしまうから。かえって右翼のバカ主張を宣伝することになります。

 

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