2025/11/04 中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-1 文学や小説を明治社会が排除したのは帝国大学を頂点にする立身出世主義。 1954年の続き
前のエントリーでは1890年代の頭の方までを取り上げた。漏れていることが二点。

ひとつは1890年代に帝国大学の方針のなかに「修養」が加わったこと。それまでは官僚育成目的で実学重視だったが、日本人教授が就任し、法科からエリート官僚になるものが増えたことで当面の目標を達成した。そこで実学だけの頭でっかちではダメだという批判がでて、大学教育に修養が加わった。官製の教養主義が始まったきっかけ。
二葉亭四迷が「浮雲」で小説という形式を作る。以後は、これを規範にして日本の近代小説が書かれる。本書では以後、デビュー順の作家名やグループで推移をみていく。硯友社とか自然主義派とか白樺派とかプロレタリア文学とか。
おれは別の枠組みでみたい。それは小説を志した人たちを属性で区分すること。一つの軸は都市-田舎。もう一つの軸は金持ち-貧乏。ブルデュー「ディスタンクシオン」(未読)を勝手に利用。そうすると、二つの軸で分けられた4つの象限に小説運動を行った人たちを当てはめることができる。明治以降人の移動が活発になり、作家も頻繁に転居するので、都市-田舎を居住で分けるのは困難。なので作品の書かれかた、作風などで判断した。
都市の金持ち: 硯友社、漱石、永井荷風、白樺派、芥川龍之介、
都市の貧乏人: 二葉亭、一葉、プロレタリア文学
田舎の金持ち: 森鴎外、島崎藤村、志賀直哉、太宰治
田舎の貧乏人: 啄木、花袋
この4つのグループは協調できない。対立している。時に嫌悪をあらわにする。そういうグループの創作は流行を生み出す。中心ができ、辺境に追いやられるものがでる。それが時を経てブームが去ると、中心が移動し、それまでの中心が辺境になる。明治以後の日本の近代小説の変化は、グループの対立と流行の変遷による中心の移動としてみることが可能。
たとえば1890年代、硯友社は都会の金持ちグループだった。その反発で1900年代(最初の10年間)は田舎の金持ちである自然主義派に関心がうつり、好況の1920年代に再び都会の金持ちグループの作品が読まれる。のちに都市の貧乏人のプロレタリア文学と都会の金持ちの新感覚派がウケる。こういう具合の文学史を見ることができる。個人に焦点を当てるより、グループの運動と読者の支持の変遷としてみたほうが、時代をとらえる広がりをもてるだろう。
ただし、この枠組みは敗戦後以降には使えない。都市と田舎という対立項は消えたし、一億総中流化で階級の対立もなくなった。別のグループ分けをしたほうがいいだろう。
またこの枠組みは日本のマイノリティを一切排除してしまう。アイヌや沖縄の文学、植民地の文学がなかったことにされるのだ。本書の記述もそう。これはとても大きな欠陥だ。
もうひとつは国体思想が作られ、大日本帝国憲法・教育勅語・軍人勅諭のテキストがでて、皇国教育が行われるようになったこと。これによって天皇崇拝が内面化し、天皇のために死ぬことが国民の務めであると思うようになった。個人の自由は国家の目的の前では制限される。全体の前で個は意味がない。小説が主題にしたい「自我」「自由」は国体思想と相いれない。国体思想を受け入れている人は小説を読むに値するものとはみなさない。国家目的に関与しない小説は無意味で、小説を書く人はダメな人、無用の人とみなす。
そして、1887年明治20年に新聞紙条例ができたことが大きい。これで政府批判などの記事や読み物を掲載する新聞を取り締まれるようになった。以後、言論の自由を抑圧する法令が増え、1926年の治安維持法で整理される。小説も検閲や取り締まりの対象になり、さまざまな理由で掲載不許可や発禁などが行われた。どのような表現が取り締まられるかの基準を示さないので、作家(と編集者と出版社)は手探りで試行し、しだいに自分で規制するようになる。
なので、日本の小説は以下のできごとを題材にしない。1905年日露戦争終結後の日比谷焼き討ち、1911年大逆事件、1923年関東大震災の朝鮮人虐殺と社会主義者虐殺、1926年治安維持法施行、1933年小林多喜二虐殺(および特高による弾圧)、1936年226事件のクーデター。植民地における日本軍と日本人の蛮行。軍人と警官と貴族(皇族を含む)を小説の登場人物にしない(大衆小説にはでてくるが、国策に沿うような扱い)。戦争を書くことを軍隊は許すが、規制を課す(戦闘時以外のことを書かない、戦傷・戦死者の悲惨を書かない、戦地の荒廃を書かないなど。これを破った石川達三「生きている兵隊」1937は発禁になり、作家編集者発行者は起訴され有罪になる)。これらを書くと、発禁や執筆禁止などの抑圧を受けるから。受けた人の悲惨を知っているから。なので書かない。書こうとしないので問題があることを忘れる。大衆小説でも同じことがある。
江戸川乱歩「何者」「芋虫」
本書によると、近代小説は社会批判の機能をもっているとのことだが、実作をみると批判の底は浅い。彼らが書かなかったことで、当時と後の読者はこれらの事件や政策が存在しないように思いこむようになってしまった。
(近代小説の社会批判。本書では漱石や荷風が日本の皮相な西欧化を嗤い憂える。それは正当であるとしても、皮相な西欧化に染まった日本人には批判をむけても、皮相な西欧化を推進した政府や官庁の政策までは批判しない。西欧化を歓迎して乗せられたのは大衆や人民ではあるが、その政策をとって実行したシステムは無視してしまう。これも近代小説が存在しないような思い込みを作った例になる。)
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2025/10/31 中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-3 タイトルは「大日本帝国時代の日本文学」とするほうが適切。 1954年に続く