odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2012-02-01から1ヶ月間の記事一覧

井上ひさし「下駄の上の卵」(新潮文庫) 敗戦直後の本物がないから簡素でインチキな品で代用する。占領解除後も代用は続いている。あと人生は8対7のシーソーゲームみたいなもんだ。

「夢にまでみた、真白な軟式野球ボールが欲しい。山形から闇米を抱えて東京に向かう六人の国民学校六年生の野球狂たち。上野行きの列車の中は、満員のすし詰めだった。二斗六升の米を、無事に東京まで運べるだろうか。少年たちの願いもむなしく二斗の米が…。…

山田風太郎「くノ一忍法帖」(角川文庫) 大阪夏の陣を逃れた千姫を守る女忍者と服部半蔵らによる夜と闇に紛れた暗闘と蒲団の上の死闘。

夏の陣で千姫は亡くなっていないという奇想からさらに想像力(というより妄想力)をたくましくしていき、そこに実在の人物のさもありそうな思惑を加えていく。大阪夏の陣で五人の女忍者が千姫を連れて逃げ出し、千姫のおなかには秀頼の子供が宿っている。そ…

村上元三「次郎長三国志」(春陽文庫) 次郎長一家の義理人情にあふれた男の共同体世界にユートピアを見る。

山田宏一氏の「次郎長三国志 マキノ雅弘の世界」という本で、マキノ雅弘監督による同名の連作映画のことを知っていてから、すこし気になっていた。あるいは、平岡正明が、極真会館本部にいたころ、練習のあと、居酒屋で次郎長や子分のことを練習仲間と評して…

富田常雄「姿三四郎」(新潮文庫) 講道館柔道が異種格闘技戦、バーリ・トゥードを闘っていた時代。文章で書かれた熱血スポーツ漫画。

黒澤明監督の「姿三四郎」を先に(ずっと以前に)みていたので、上巻から中巻にかけてはその映像を思い出すことができた。村井半助役の志村喬は、その表情までも思い出すほど。 克己心のある野暮な主人公、しかも彼は非常に優れた運動能力を持っている。彼は…

鮎川哲也編「怪奇探偵小説集」(ハルキ文庫) 埋もれた戦前、戦後の怪奇小説を発掘した労作。でも素人作品を読むのは骨が折れる。

戦前の探偵小説は目に付く限り集めようという気持ちはある(2004年当時。今はもうない)。1970年代には、江戸川乱歩と横溝精史をのぞくと、現代教養文庫と角川文庫の小栗虫太郎、夢野久作、久生十蘭くらいしかなかった。それがいまではちくま文庫と光文社文…

日本古典「どちりな きりしたん」(岩波文庫) 1566年に形になったローマの教理問答の日本語版が1592年には作られていた。

現代風に読めば「ドクトリーナ・キリシタム」。キリスト教の教義書、とでもいうことになるのだろうか。師弟の問答で書かれているので通常は「教義問答」と訳されるとのこと。クラシック音楽経由でラテン語を見聞きする(勉強ではない。ミサ曲CDには必ずラ…

鈴木良一「織田信長」(岩波新書) 誰が信長を殺したかより、誰が部下を支援するためのロジスティックスとマネジメントを作ったかのほうが気になる。

司馬遼太郎「国盗り物語」と比べると、どの年齢の信長を書いたかということで大きな違いがある。前者では40歳までを描き、あとはあっさり。こちらの場合は幼少時のエピソードはほぼばっさり。代わりに一向一揆との対決から死までの10年間に半分以上を費…

司馬遼太郎「義経」(文春文庫) 「義経」の脱神話化・脱英雄化を目指しているせいか人気がない一編。

作者の長編では、なぜか人気のない一編。理由を考えると、「義経」の脱神話化を目指しているから。ここに描かれた義経は、英雄的なところがまったくない。義経に「ヒーロー」を期待する読者を裏切っている。 上巻では、四条河原での弁慶との劇的な出会いがな…

永井路子「雲と風と」(中公文庫) 最澄は愚直で求道者で政治音痴な桓武天皇の意図を達成したいと願って、ついに成果を生み出せなかった宗教家。

渡辺照宏/宮坂宥勝「沙門空海」を読んでいたので、平衡を取るために最澄を読みたいと思って入手したのがこれ。 「けわしい求法の道をたどり、苦悩する桓武帝を支えた最澄の生涯を、遠い歳月をこえて追跡する。北叡山開創一千二百余年、不滅の光芒を放つ宗祖…

土田直鎮「日本の歴史05 王朝の貴族」( 中公文庫) 平安期は民衆や地方の武士に関する資料が少ないので、歴史記述は貴族ばかりになる。

西暦1000年を境に前後50年の約100年を記載。タイトルにあるように天皇を中心にした摂関政治のことを記述している。それは当時の資料がどうしても貴族の日記や公文書、さらには歴史物語に偏するためで、民衆や地方の武士に関する資料が少ないから(文書が散逸…

網野善彦「日本中世の民衆像」(岩波新書) 「弥生時代いらい水稲を中心に生きてきた単一の民族という日本人像は近世以降の通念にしばられた虚像ではないだろうか」

自分の実家は武蔵野台地の北のはずれ。入間川によって削られた河岸段丘(おお、中学生以来初めて使った)が見える。台地には川が流れていないので、周辺は畑ばかりだった(いまはベッドタウンに開発されてこのような光景はみられない)。電車はこの台地の上を…

鴨長明「方丈記」(講談社文庫) ながあきらは世捨て人でも自力更生の人でもなく、荘園収入があり、和歌の実力を慕った人が訪れていた。世俗と切れた仙人ではない。

鴨長明は「かものちょうめい」と記憶していたのだが、解説をみると「かものながあきら」としている。いつのどこの新聞記事かは忘れたが、「ちょうめい」は漢学者の読み方。当時の人びとは「ながあきら」と和名(という呼び方でいいのかな)で呼んでいたのだ…

「竹取物語」(角川文庫) 列島最初の小説はその後の文学カテゴリをすべて網羅する巨大な器を用意していた。

日本で最も古い小説。原文で読むのはつらいので中川与一訳でお茶を濁す。これでは絵本を読むのと変わりないのかな。まあ、いい。戦前の訳出と思われる格調高い文章なのだから。 書かれたのは10世紀最初と目される。たぶんこの時代の原本はなくて、後の写本や…

トーマス・マン「詐欺師フェーリクス・クルルの告白」(新潮文庫) 19世紀に郷愁を感じる教養市民による「仮面の告白」

詐欺師フェーリクス・クルルの告白 ・・・ 2012年には光文社文庫で上下2巻の巨大な長編で翻訳されているが、1951年初版の新潮文庫では第1部と第2部(未定稿)だけが訳出されている。トーマス・マンは1875年6月6日生まれ、1955年8月12日没。ということなので、…

トーマス・マン「マリオと魔術師」(角川文庫) 1920年代北イタリアの避暑地はファシズムの胎動地

表題作ともう一作がはいった短編集。いずれも1920年代の不安と不況を反映した時代の物語。 マリオと魔術師1930 ・・・ 北イタリアの避暑地を訪れたドイツ人作家の一家。ある夜、魔術師が町の劇場で公演をするというので、一家総出で見に出かけた。この魔術師…

トーマス・マン「ベニスに死す」(岩波文庫) 老いたロマン派の芸術家は若く美しい芸術の神ミューズを絶対に捕らえられない。

高校生の時に「トニオ・クレーゲル」と併録された新潮文庫で読んだが、なんだかよくわからなかった。それ以来なので四半世紀ぶりということになる。一時期はマンの作品をよく読んだが、その緻密さに驚かされる一方で、なかなか作品世界の中に入っていけない…

フランツ・カフカ「城」(角川文庫) 「呼ばれた城に入れない」というシチュエーションを何度も繰り返す変奏曲形式の長編。

いやあ、読了するのに時間がかかった。購入は1993年で、手をつけてから100ページに行かないうちに読むことができなくなり、その後数十ページごとに挫折を繰り返した。ようやく残り250ページをここ数日のうちに読むことができたのだ。同じような体験は「審判…

ベルトルト・ブレヒト「三文オペラ」(岩波文庫) 1928年ワイマール時代のドイツ資本主義を風刺。道徳が逆転しもっとも徳から離れているキャラに幸運が与えられるのを笑おう。

「ドイツの劇作家ブレヒト(1898-1956)が音楽家クルト・ワイルと組んで、オペラの革新、戯曲と音楽との新しい融合を試みた作品。ロンドンの警視総監と結んだ盗賊の首領マクヒィスが、多くの冒険ののち、絞首台に上がるかわりに爵位と褒章を授けられるという…

フランク・ヴェデキント「地霊・パンドラの箱」(岩波文庫) 19世紀末ドイツ。中身空っぽなルるに男たちは自分の欲望を投影して勝手に自滅する。

1890年代に書かれた。「パンドラの箱」はわいせつ文書として摘発され、改稿を余儀なくされる。この戯曲そのものよりもアルバン・ベルクのオペラで有名になったと思う。ちなみに、ベルクはこの戯曲とハウプトマン「そしてピッパは踊る」のいずれを取り上げる…

ゲルハルト・ハウプトマン「沈鐘」(岩波文庫) 芸術家肌の職人に一目ぼれした山の妖精の悲劇。労働規範を遵守する勤勉な職業人はゲルマンのロマンには誘惑されない。

これまでの自然主義的な作風、社会の矛盾の摘出を目指していた劇がここで一変する。「織工」から2年後の1894年、作者36歳の作品。 登場するのは、鐘の鋳造家。よい音を作ることに執着した芸術家肌の職人ハインリッヒだ。かれが制作に絶望したとき、出会うの…

ゲルハルト・ハウプトマン「織工」(岩波文庫) 1844年に起きた機械破戒運動を元にした。植民地を持たないドイツは国内労働者を搾取した。

1844年に起きた機械破戒運動を参照して1892年にハウプトマンが作った戯曲。この国では1933年に築地小劇場で上演された(訳者久保栄はこの劇場の関係者)。 簡単に背景のおさらい。西欧の綿織物はインドの綿花をオランダ・ベルギーあたりが輸入し綿糸に加工。…

ゲルハルト・ハウプトマン「日の出前」(岩波文庫) 19世紀後半の遅れたドイツの社会悪の摘発を目指した文学運動。トンデモ科学で差別助長になった呪われた書物通して封印されるべき。

ごく簡単に紹介すると、1862年生まれの劇作家。デビュー当時は、自然主義的作風で社会批判を行うものであったが、次第にロマン主義や象徴主義が作品に反映されていく。とりあえず「日の出前」「織工」が前期の自然主義を代表するもので、「沈鐘」が象徴主義…