odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「少年小説コレクション6」(本の雑誌社)-「拳銃天使」「どろんこタイムズ」

 1959-61年のジュブナイルのうち、冒険アクションや少年推理ものを集める。下記は「少年マガジン」「漫画王」「高校時代」「中学時代」「中学生の友」「中学生画報」などに連載されたもの(ベビーブームの子供たちがいっせいに進学したころで、生徒向けの雑誌がたくさんあったのだね。十数年後には「中〇時代」「中〇コース」〇は一、二、三の数字が入る、だけに減少)。

拳銃天使 1959.08-12 ・・・ 三か月前に死亡したはずの正彦にいさんが帰ってきた。でもどこかおかしい。父に帰還の電話を入れると、悪漢がまっていた。たけしとまゆみの弟妹にも魔の手が伸びる。そこに現れたのは、拳銃を胸ポケットに仕込んだ「拳銃天使」! 目にもとまらぬ早打ちで悪漢どもを退治する。最初はミスター・ビッグによる身代金奪取、つぎにホンコンの拳銃王との決闘、動物園からトラを逃がして街を大混乱に陥れるスーパー・タイガーの逆襲。「少年マガジン」の連載なので、数ページごとに危機がやってきて、次回の冒頭で助かる。仮面の悪党、黒づくめの部下、得体のしれないガンマンなどキャラもたっている。まあ、江戸川乱歩ジュブナイルと西部劇(たとえば「シェーン」)が合体したと思いなせえ。このころ日活や東宝では無国籍アクション映画で、日本国内なのに拳銃をぶっ放す物騒だが、壮快な冒険映画がたくさんあったし、むやみに強い剣豪のでてくる冒険時代劇もあった。その流れにある。大人の眼から見ると瑕疵もあるけど、そんなことは気にしない。悪漢が8mmフィルムで脅迫状を送るとか、松葉杖に拳銃を仕込んだ暗殺者がいるとか、のちの岡本喜八監督「殺人狂時代」にアイデアが転用されたのじゃないかと邪推もできるのがポイント。
拳銃かめん 1960.01-09 ・・・ 一寸法師が持っていた消防自動車のおもちゃには人の手が。いや実は「ソロモンの石」という宝石が入っている。これをねらうのはホンコンギャングとメキシコ麻薬組織。そして、「どろぼうが泥棒したものを、泥棒するどろぼう」である銀の仮面で顔を隠した拳銃仮面。誘拐、尾行、拷問、罠。一寸法師を見つけた昭一少年はギャングたちに追われるものの、拳銃仮面はいつだって正義の少年の味方。「天使」の主人公はカウボーイ(そういう依頼だったそう)だが、こっちはガンマン。仮面をつけていた理由も合理的に説明される。この小説にも「殺人狂時代」に転用されたと思えるアイデアがいっぱい。
透明人間がやってきた 1960.12 ・・・ 田舎の街におじさんが来るというので迎えに行くとそれらしい人はいない。待っていたおばさんは川で頭を殴られて死んでいた。さて何が起きたのでしょう。小学6年生向けのパズル。
六年すいり組 1961.01-03 ・・・ 小学6年生の大輔少年が甲賀探偵の力を借りて推理力を働かせる。見張りの付いた部屋から人間消失、砂浜の途中で消えた足跡、学校の鍵のかかる机から紛失したお金の謎三題。
青ざめた道化師 1961.05 ・・・ 母子家庭の高校生の息子・英次は不安。兄は出奔、母は深夜に家に来た道化師と話をしてから無口になり、ウソをついて出ていったから。この年代には推理よりもサスペンスがいいね。
どろんこタイムズ 1961.09-62.03 ・・・ 小学6年生から中学3年生までで作る町内新聞。画家の中島先生の助けを借りて、街の事件を解決する。やぶにらみのマネキン人形盗難。トラックのSOS信号。ビル荒しの手配写真と奇妙な足音。ネコがタイプライターのメモを持ってくる。初午の日稲荷が殺人を予告。幼児語の解読。中島先生のメッセージは「ものを知らないのは恥ずかしいこと」。ここ大事。
黒いおじさん 1961.11 ・・・ ガンがほしい中学1年生に黒いおじさんがバイトをしないかと持ち掛けた。ハーモニカを持ってきて、最近盗難事件のあった宝石店の前で吹けという。中学生が頭を働かせる。
空港に乱舞するハト 1961.12 ・・・ 飛行場へ行かないかと黒いおじさんがバイトを持ち掛けた。ホンコンから来た客を覚えて、模型の自動車を足元に走らせろ、もうひとりはターンスタイルで待っていろという。そうしたらカバンからは都が飛び出て大混乱に。以上2編は「どろぼうが泥棒したものを、泥棒するどろぼう」らしい黒いおじさんの物語。
コールサインX 1964.04-1965.03 ・・・ 中学校放送部の部員がコールサインXで集まって怪事件を推理する。5人の部員と顧問の先生が交代で語り手になる。一回15枚くらいのショートショートが12回、一年分。仲間が集まって推理合戦というのは、のちの今谷少年探偵団@コーコシリーズに続くセンセーお得意の趣向。顧問の先生の名言「考えることをやめた人間はイヌやネコと同じだ」。
黄色いガン・ベルト 1961.04-06 ・・・ 1830年代のテキサス。コルト式六連発銃が発明されたばかりで、ジャミングをよくおこしていた。そのために右腕を失ったガンマンの復讐。狙うコルトにはボディガードのガンマンが。皮肉なことにそれはガンマンの弟だった。実在の人物をちりばめながら、西部劇の王道を描く(家族とか恋愛はなし)。


 ガンマン、カウボーイのでてくる西部劇は、映画はヒットして、マンガはいくつか出た(川崎のぼる「荒野の少年イサム」とか)が、小説はこの国では人気がでなかった(80年代にどこかで文庫にしようとしたがすぐに撤退)。他に書いた人も特に思い当たらないが、センセーはこのジャンルも軽々クリア。西部劇の文法通りの作品を書くことができる。まあ、伝奇小説や時代小説の作法が通用するのかもしれないが。
 ただあんまりジャンルの約束事を守るせいか、突き抜けた傑作とか問題作にはならない。この数年後に、センセーは少年向けの特撮番組「キャプテン・ウルトラ」の監修に加わる。なるほどこのジュブナイルの続きのような冒険やアクション、怪獣ものをつくる。でもそれは同時代の「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」のようなレガシーにはならず、50年後にはカルトとして名を残すだけ。ジャンルを深く知って、その作法に通じてしまったのが、ジャンルを飛び出す冒険や問題を込めることができなかったのだろう。センセーの作品はみごとな装飾と美しさを持つロココの調子にはなるけど、いびつな美をもつバロックではなかった。