戦後に書かれた論文とエッセーを収録。矢野久美子「ハンナ・アーレント」(中公新書)にあるように、ヨーロッパを逃れてアメリカに定住するようになったアーレントはアメリカに希望と幻滅を見出す。本書に収録されたは1950年代以降のもので、アメリカは主題の一つ。

プロローグ(ソニング賞受賞スピーチ) 一九七五年 ・・・ アメリカに関することだけ抜き出すと、ヨーロッパの国民国家ではない。同化しないで市民になれる。愛国的にふるまう習慣に従うように求められる。など。
(ここにあるアメリカの見方は、第2部判断の章を読むときに参照しましょう。)
ローティの「政治と哲学は切り離そう」「哲学を政治の意味づけにしてはいけない」(超訳)を採用して、第1部「責任」は読みません。
第1部 責任(独裁体制のもとでの個人の責任 一九六四年;道徳哲学のいくつかの問題 一九六五‐六六年;アレントの『基本的な道徳命題』の異稿;集団責任 一九六八年;思考と道徳の問題―W.H.オーデンに捧げる 一九七一年)
短い次の一編だけ読んだ。テーマが下につながる。
集団責任 一九六八年 ・・・ 集団責任があるのは、1.自分が犯していないこと、2.自分が組織に所属していることの二条件をみたしたとき(3.組織の犯罪であることが抜けている感)。なので海水浴場の水難や銀行強盗には集団責任はないが、黒人差別や戦争犯罪には集団責任が発生する。ことに政府はそれ以前の政権の行為と過失の責任を引き受ける。しかし認めない人がいる。例は徴兵拒否。これは政治からの自由で説明されるが、コミュニティの義務を放棄しているという批難もある。短い文章なので集団責任の道徳的倫理的理由は深堀されないが、集団責任から逃れることはできない。人はコミュニティだけでなく、広くさまざまな人とかかわっていて〈複数性〉を尊重しなければいけないから。
(日本のネトウヨや右翼が日本の戦争犯罪の集団責任を認めないのに、過去の行為を享受しているだけというのは、道徳や正義からすると破綻しているのだ。)
第2部 判断
リトルロックについて考える 一九五九年 ・・・ 1957年のリトルロック事件は下記を参照。融合教育化のために白人学校に黒人生徒を通わせるようにしたら、南部の学校で壮絶な差別事件になった。黒人女性生徒が白人生徒に罵られる写真で有名。
これを知ったアーレントが書いたエッセーで大問題になった。すなわち、アーレントは「どうすれば差別をそれが正当に機能する社会的な領域にとどめておくことができるか。差別が政治や個人の領域に入り込まないようにできるか」が問題であるとする。そこでは社会的領域(ホテル、レストラン、娯楽施設など)が特定の人種や民族が入らないようにすることに反対する理由はないという。そうなるのはアメリカが機会と条件の平等を目指す国家で、平等が浸透すると差異が目立つから(その点でアメリカの差別問題はヨーロッパの植民地主義とは別)。なので政治的な平等(すなわち投票権)は確固するべき。その他の領域では容認するという主張になっている。政府の介入には断固反対し、あくまで学校の自治と自由意志に委ねるべきという。その根拠は公共はプライバシーに介入してはならないとか企業の自由の裁量範囲であるからとかの理屈を持ち出す。
で1959年当時でもこのエッセーは批難轟々となり、「序」で釈明する。そこでは教育と学校から差別を撤廃するのは当然であるが、子どもにその実行の責任を押し付けていないか(大人は沈黙していないか)、マイノリティは特別なクラスと保護司の常駐が必要、白人の親の同意を取り付けるべきという。この提案は妥当。サンデルの本(どれか忘れた)によると、80年代以降のアファーマティブアクションでは学校にマイノリティ生徒を受け入れる仕組みと人員を用意するようになったとのこと。(日本の学校だと、ルーツが外国にある移民の子供は学校で放置され、生徒の差別を受けてしまうので、アーレントの提案はまさに必要。とはいえ、本文の記述は差別。その正当化の理屈も反・反差別のグループがよくやる屁理屈そのものだ。これはアーレントの汚点。アメリカの黒人差別の原因と理由の説明も不十分であいまい。というかこの人の思想の信頼をなくす文章だとおもう。)。
アーレントの黒人問題を批判する本が出ているので紹介する。
アーレントと黒人問題 | キャスリン・T・ガインズ, 大形 綾, 百木 漠, 橋爪 大輝 |本 | 通販 | Amazon
『神の代理人』―沈黙による罪? 一九六四年 ・・・ ロルフ・ホーホフート作の「神の代理人」の書評。WW2の間ローマ教会がユダヤ人ホロコーストになんら声明を発表しなかったことを当時の資料をもとに戯曲化した。ちなみにローマがドイツに占領された時、バチカンには多数のユダヤ人が逃げ込んだが、教会は彼らが逮捕されるのを黙認した。抗議を出さなかった。なぜか。カソリック教会は反共産主義で、反ソ連。さらに反ユダヤ主義だったため、というのがアーレントの推理。のちの調査でそのとおりであったのがわかったし、黙認ではなく積極的にナチスに協力していたところまでわかったはず。ドイツのプロテスタント教会もナチに協力した。(この文章は教会のナチ加担問題を取り上げた早いもののひとつ。教会批判の積み重ねは戦後ドイツやローマ教会の現在(積極的に政治声明をだす)がある。アーレントはヨーロッパの問題でははずすことはないなあ。)。
(でも2023年からのイスラエルのガザ侵攻(パレスチナ人ジェノサイド)では、教会は声明をだすが、ドイツ政府は黙認。国内の反イスラエル運動は即座に弾圧される。個人的な善行は行えても、組織になると正義と公正の判断が曇って他者危害を傍観したり、促進したりしてしまう。)
裁かれるアウシュヴィッツ 一九六六年 ・・・ 1963年からフランクフルトで行われた戦争犯罪人裁判について。同時期にはイスラエルでアイヒマン裁判も進行していた。アイヒマン裁判は上官で命令される側だが、フランクフルト裁判はせいぜい大尉とまりの「小物」で命令される側を裁く。被告たちは当時50~60代。ブルーカラーが大半。裁判と法廷を侮辱し軽蔑し、裁判をまじめに受け取らず、記憶にないと連発し、上官命令であったと言い逃れする。日本のネトウヨや極右によくみられる態度です。アウシュビッツは行政府の犯罪であり、国家組織と公務員、実業界の有名人などは共犯である。個々人の虐殺は命令などなく、被告などの「小物」が気分で自発的にやったものだった。(記録集の序文をまとめたものなので、深い考察はない。同質のものが狭い空間で共同作業をしているうちに興奮して他人に危害を加えるようになるエコーチャンバーや群衆心理などをみたいが、そういうのはない。)
身からでたさび 一九七五年 ・・・ 建国200年のスピーチ。その直前には、ベトナム戦争の敗戦と大統領の犯罪という「身からでたさび」を経験した。公権力は「記憶喪失(アムネシア)で私たちの傷をいやすことができる」とするみたいだが、国民は「過去は死なない(@フォークナー)」でいきましょう。この瓦礫をみて、歴史の教訓が私たちの身に戻ってきたのを歓迎しましょう。
アーレントはヨーロッパの問題はセンシティブで細部まで見通すことができたが、異邦であるアメリカはうまく見ることができなかったのではないか。などと不遜なことを読んでいて思った。
「リトルロックについて考える」論文に対する検証と批判の論文があったので紹介する。
大形彩著「「リトルロックに関する考察」再考 」2017
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/235181/1/hes_26_155.pdf
俺なりの要旨は
1.アーレントはほぼ同時に起きた二つの事件(上記とノース・カロライナ州のハーディング高校に入学したドロシー・カウンツ)の写真を混同して、確認作業が不十分なまま論文を書いた。
「「リトルロック」を執筆した時にアーレントを突き動かした感情は,人種差別的な偏見というよりは,大人たちの保護を必要とし,安全な場所で生活を送るべき子どもたちを政治的な闘争に放り込み,彼らを利用して公民権運動を推進しようとする,大人たちのエゴに対する道徳的な怒りだったのだろう.黒人の大人たちは,子供を保護する義務を無責任にも放棄し,子どもたちを危険な状況に曝している――これが,アーレントのリトルロック事件に対する理解であると思われる.つまり人種的な偏見ではなく,黒人の大人に対する道徳的怒りこそが,彼女に事実の理解を歪めさせたのである.」
が論文著者の推理。
2.当然さまざまな批判が出たが、アーレントは論文を撤回しない。しかし黒人作家ラルフ・エリソン(「見えない人間」の著者)の私信で自分に誤解があることを認めた。
「エリスンの言葉を借りれば,リトルロック事件によって全米の人々の目に写しだされた光景は,黒人たちが伝統的に引き受けてきた「通過儀礼」の様子だった.黒人の子供たちは,アメリカ社会の中で決して注目を集めることはなかったが,黒人社会の伝統として秘かに受け継がれてきた「通過儀礼」を潜り抜けるときの恐怖と暴力を,事件の当時,自発的に引き受けていたのである.(略)エリザベスを含めたリトルロックの9人の黒人生徒は皆,親の反対を押し切って,自ら転学を申し出た子どもたちだったのである」
(黒人生徒もその親もヘイトスピーチにあうことを予想していたが、上の理由であえて出動しなかった。そうすると、問題はアーレントの論文にあるように白人リベラルはなぜ沈黙していたのかにある。)
3.「(論文は)リトルロック事件の政治的解決策の提示ではなかった.そうではなく,政治的闘争の最前線に立たされて個人の人格が危機に曝されている,一人の少女の存在を守ること,そして,共和制を構成する市民一人一人に対して,あなたたちは責任を果たすべきではなかったのか,なぜあなたたちは見て見ぬふりをすることができたのか,と問いかけることだったのかもしれない」が論文著者の問いかけ。
(そういう意図があっても、国家が公教育に関与するのはダメとか、公教育のアファーマティブアクションより異民族間結婚制限撤廃が優先課題だとか、いろんなことを言いすぎて論旨が不明確になった感。さらにアーレントのその「問いかけ」がまさに現在差別を受けている人や周囲の人たちの反差別運動を躊躇させる効果をもたらしてしまう。アーレントのように深く考えると、活動actionするのがむずかしくなるんだなあ。そうすると、社会問題は手を出せることに分割して、哲学に意味づけしないで、会話や運動をしろというローティの能天気なことに誘われてしまう。)
アーレントは公的領域と社会的領域と私的領域を区別していて、政治的領域では「平等」が,社会的領域では「区別」が,私的領域では「排他性」がそれぞれの領域を支配する原則であるとする。社会的領域の「区別」のアイデアはむずかしい。この領域では構成員がクラブやアソシエーションやチームなどを組織することが奨励されるが、人種・民族・宗教などで他と区別されることが許されると考えている。そうしないと、移民や無国籍者が共同で生活をすることも認められなくなるので。そこはわかる。でも、社会的領域(ホテル、レストラン、娯楽施設など)が特定の人種や民族が入らないようにすることに反対する理由はないという主張が導かれるのはわからない。うーん。日本でときどきマイノリティや非白人観光客の入店を拒否する張り紙をするヘイト商店が問題になる。サッカースタジアムで「Japanese Only」の横断幕が掲げられて、該当サポーターが処分されたことがある。ネトウヨや極右は経済の自由裁量や表現の自由なんかで容認するが、アーレントはどう考えるかな。自分の原理に基づいて容認しそう。アーレントはユダヤ人であることで、アメリカ移民であることで社会的領域で「区別」されて、排除された経験をたくさんもっているだろうに。そこはやはり、マジョリティとマイノリティの均等でない関係を考慮しないと、一律に「社会的領域では区別が許される」と主張するのは危険ではないか。21世紀の差別論からするとアーレントの議論は弱いし、ネトウヨや極右にうまく利用されそうな危険をもっている。
論文著者はアーレントには(「リトル・ロックについて」を読む限り)黒人差別の意図はないとみている。上掲の批判本では「全体主義の起源」まで参照してアーレントの黒人差別問題を取り上げているとのこと。
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