odd_hatchの読書ノート

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岡本綺堂「半七捕物帳 36~42」(青空文庫) 明治政府は武家政権を総否定した。江戸の風物・習俗は忘れられたが、数奇人は記録に残す。

2026/02/06 岡本綺堂「半七捕物帳 29~35」(青空文庫) 怪談と探偵小説の親和性について の続き

 

 謎解きよりも江戸人の日常を描くことが主眼なのがわかる。ホームズをもくろんでるらしいとみたが、綺堂が注目するのは意外な犯人やトリックではなく、ロンドンの習俗や習慣なのであった。そこで、綺堂は江戸の習俗を語る。明治政府の始まりは公家たちが政策を考案していたので、鎌倉から江戸までの東国武士政権の総否定。なので、維新から半世紀以上たつと中世から近世まではもう忘れられているのであった(唯一残したのは「武士道」という怪しげなイデオロギーだけ)。でも東京生まれで東京育ちの人たちは江戸を懐かしむ。綺堂や永井荷風のような数奇人が江戸を書く。開国と国体思想で国民をガチガチに締め上げる明治政府=帝国日本へのささやかな抵抗とみなそうか。
 たとえば、万年青と兎のブームが幕末から明治にかけてあったというのがさりげなく書いてある(「冬の金魚」)。開港後、西洋から入った兎は高額で売れるという噂が流れて、兎のブリーダーが大量に登場した。高額な取引が行われるマーケットができたが、政府が禁じたら急速に廃れた。1920年代にはこの記憶がまだ残っていたのだろうなあ。

冬の金魚(第三十六話) ・・・ 弘化三年1846年。俳諧の師匠が惨殺された。妾のような女中が池にはまって死んでいる。師匠は最近、湯でも泳ぐ金魚をどこかにあっせんしようとしてしくじっていた。唐突に明かされる師匠と女中の関係。江戸川乱歩「D坂の殺人事件」の江戸バージョン。

松茸(第三十七話) ・・・ 文久三年1863年。身投げしようとする女を引き留めると、かたくなに口を開かない。女が気になったので、奉公先の商家を張っていると、女のところに男が近寄ってきた。男の悲鳴が聞こえ、半七が追う。女の境遇には同情するが、半七は男女の話を盗み聞きしている。こういう密偵をしているのが岡っ引きが嫌われた理由。官憲がプライバシーに介入していた。また半七の胸先三寸で事件化するかしないかが決まり、付け届けがくるというのも前近代。こういう社会はダメ。

人形使い(第三十八話) ・・・ 安政末年1860年人形遣いの芸人(文楽?)が地方興行中、深夜に人形が一人で動いて斬りあっているのを見る。自分の人形が劣勢になったので、相手の人形の頭をキセルで叩いた。それから二人の人形遣いは仲たがい。長老のとりなしがあったのち、二人は切り殺されているのが見つかった。動き出す人形の怪談にしなかった。

少年少女の死(第三十九話) ・・・ 元治元年1864年。質屋主催で芸披露会(長唄常磐津、清元あたり?踊り付き)をしたら衣装を着けた9歳の娘が行方不明になった。第二の事件は慶応三年1867年。子どもの変死が相次ぐ。子どもの玩具の水出しを使っていた。謎解きよりも江戸の風物描写がテーマ。

異人の首(第四十話) ・・・ 文久元年年1861年。志士が攘夷に決起している時代。でもニセ志士が質屋に軍用金押借りする事件も相次いだ。深夜の質屋に押し入り、血まみれの刀と異人の生首を見せて三百両を貸せという。そういう事件が江戸と横浜で起きていた。半七は子分と横浜に出張。通商条約が締結され、横浜が開港していた。各国が公使館をもち、商人も入り込んでいた。邦人も横浜に遊郭を作って外資を獲得しようとする

一つ目小僧(第四十一話) ・・・ 嘉永五年1851年。よい鶉が欲しいと店に来た武士、15両の鶉を所望し、手付の一両を置いていった。のこりは屋敷に届けたときに、というので、指定された屋敷にいくと、人のいなさそうな荒れた家。夜更けて現れたのは一つ目小僧。失神している間に鶉は安物にすり替えられていた。類似の事件を捜査していた半七、すぐに見破る。いまでもネットと無住の部屋を使った詐欺がある。古今東西、犯罪は似たようなもの。砂絵シリーズにはもう少し事件を入り組ませたものがあった。

仮面(第四十二話) ・・・ 元治元年1864年。高価な品を売り買いする道具屋に、能の仮面を求める身分卑しからぬ人が来た。手付に3両おいていくという。その直後、若い武士があの仮面、藩の貴重な品であるぜひとも150両で買い戻したいと25両置いていく。道具屋の主人は先の客にわびたが許されず、75両を返金して話をまとめた。さて、くるはずの武士、二週間たっても来ない。騙されたかと腹が立つ。放置してはいかんと半七に話をもっていった。

 

 各話のサマリーはストーリーと謎解きにフォーカスをあてるようにしているが、綺堂の思惑を考えると、どんな江戸の風物・習慣が書かれていたかも書いた方がよかったかな。そういうまとめはどこかにあるだろうから、まかせましょう。たぶん興味深い話がたくさんあるはず。そこに筆をおくとなると、ストーリーは端折られる。不可解な謎が提出されても、半七に捜査が依頼されるとすぐに目星がついてしまうからねえ。
 トリビア。半七の妻はお仙。子どもがいる息子がいる。半七は1824年生まれなので、この話をしている明治30年代(たとえば「むらさき鯉」(第四十四話)には明治31年とある)には70翁というところか。ふと思いついたが、この家族構成を都筑道夫は「退職刑事」シリーズに利用し、捕物帳という形式を「なめくじ長屋」シリーズに利用した。

 

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2026/02/04 岡本綺堂「半七捕物帳 43~49」(青空文庫) 半七は威嚇や暴力で自白強要を迫る特高や憲兵みたいな治安維持担当者。 に続く