odd_hatchの読書ノート

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大江健三郎「みずからわが涙をぬぐいたまう日」(講談社文庫)-1

 「みずからわが涙をぬぐいたまう日」講談社文庫と同じ内容であるが、自分の読んだのは新潮社版の「大江健三郎全作品 II-3」。なので、講談社文庫版とは収録作品が異なる(たぶん講談社文庫版には「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」がない)。この感想では、タイトルは講談社文庫、レビュー順は「大江健三郎全作品 II-3」に準ずる。

父よ、あなたはどこに行くのか 1968.10 ・・・ 父は「僕」は幼年時代の戦時中に、突然自ら幽閉生活に入り、衰弱して死亡した。黒眼鏡をかけ、耳を蝋でふさぎ、土蔵の中で大きな椅子に座ってじっとしている。巨大な蝋管蓄音機に何ごとかをしゃべりながら。スパイとも狂人とも呼ばれた。「僕」はあまりに幼かったので父のふるまいの意味と突然の死を理解できないまま。そして自分が父の死亡した年齢(たしか32歳)になって、頭に障害を持つ子供を持つようになったとき、父と子供の役割が重なり、自分の存在が二重化される。それでも、「父」がなにものであるのか、どんなメッセージを「僕」に送ったのかはわからない。最近のできごと(そのなかには女装した男のペニスをふれるという「事故」まで含まれる)も父をめぐる回想と思考に組み込まれ、迷宮のようになる。おおよそそんな感じか。こどもが父になることで、父を理解できるというプロセスから外れて、父と子供をめぐる迷宮に入り込んでいる。なるほど、「ピンチランナー調書」の転換はここらへんに起源があり、ずっとのちに(40年以上あと!)に「水死」で父と決着をつけるのである。その思考の端緒。

われらの狂気を生き延びる道を教えよ 1969.02 ・・・ 「かれ」は障害を持つ子供と常に一緒にいる生活をしていて、言葉を自ら発しない子供(ラテン語で死や白痴を意味するモリの音をもつ「森」の名をつけ、普段は熊のプーさんに出てくる「イーヨー」のあだ名で呼ぶことにしている)と精神観応していると感じている。不規則な生活はアルコールに耽溺し、トランキライザーを服用しないと外出できない。そのうえ母は「かれ」が発狂したというハガキを親類縁者に送り、母との関係も悪化している。「彼」は父が幽閉の日々のあと死ぬまでの伝記を書こうとする(その書き出しは「父よ、あなたはどこに行くのか」といっしょ)。
 昭和40年代の「地下生活者の手記」。父-自分、自分-息子の関係が錯綜し、父の狂気が自分の狂気になり、息子の障害に連なっているのではないかというオブセッションでどんどん閉塞していく。この短編は「洪水は我が魂に及び」の冒頭の章をより詳しくしたものと思え、「彼」の「狂気」が克明で、開放や脱出の可能性をもっていないとすると、狂気から抜け出るには「自由航海団」のような外部を強引に侵入させなければならなかったのだろう。まだ障害を持つ子供は音に敏感であることが発見されていない。それに気づいてからの開放の気分は「新しい人よ目覚めよ」につながってもいる。晦渋な文体に、リアルと狂気がないまぜになっているストーリーを読むのはつらいが、のちの代表作の萌芽を見出せる重要作。
(タイトルはオーデンの詩にある「Teach Us to Outgrow Our Madness」から。日本語にすると何とも意味のとりにくい文章になるが、原文ではすっきりしている。なお新潮文庫の「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」には、タイトルになったこの短編は収録されていない。2014年にでた大江健三郎自選短篇 (岩波文庫)にも入っていない。読むには「大江健三郎全作品第2期第3巻」を入手するしかないようだ。)


 中編「みずからわが涙をぬぐいたまう日」と「月の男(ムーン・マン)」が対になっているように、この2作も対になっている。主題も似通っていて、この作家によくあるように同じ話を文体を変えて何度も語りなおしたものの一例。まるで同じというわけではなく、方法を変えて螺旋状の上昇をするかのよう。さて、これらの中短編は「セブンティーン」「政治少年死す」の続き。これらの先行作品は、未成年のモノローグであったのを、中年男(30代をそう呼ぶのは躊躇したいところがあるが)の対話や三人称に変えて描く。「純粋天皇」も多義的な意味を与えられたり、意味付けやイメージを反転したグロテスクなものと対比されたりする。「純粋天皇」のイメージから政治性をはぎ取って、社会の中の象徴イメージにずらしていこうとするのかな。このあとの長編では「純粋天皇」イメージは後退して、隠遁して再生能力を失ったものに代わっていく。それに呼応するかのように、長編の主人公は死に魅了されて破滅していった。そこまでいって「純粋天皇」の代わりに慰撫と再生の象徴を模索することになる。「壊す人」「雨の木」など。

    

2016/02/03 大江健三郎「みずからわが涙をぬぐいたまう日」(講談社文庫)-2 に続く。