odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

野呂信次郎「名曲物語」(現代教養文庫)

 この本を購入したのは、高校2年のときか。実家にはクラシック音楽を聴くという作法はないし、友人にそういう趣味を持つものもいなかった。しかもLPレコードはおいそれと帰るものではない。第一、家にはLPプレーヤーがない。安いポータブルプレーヤーがあったきりだ。結局、安い2SPのラジカセを買ってもらい、カセットテープにエアチェック録音することから始める。ラジカセ購入の半年後に片方のSPから音が出なくなり、そのまま5年間使用した。

 1960年代に書かれたこの本が対象とするクラシック音楽は、バッハからガーシュインくらいまで。収録された作品数はせいぜい100曲くらい。ブルックナーは1曲もなし。マーラーは「復活」のみ。室内楽や器楽曲もかなりが未採用だった。内容は、その作品が書かれた状況と、その作品の印象について。推薦演奏者もなければ、参考LPもない。あくまで、作品と作曲者にかかわる情報だけだった。大学に入学してからしばらくはこの本に載った作品を全部聞くという目標をもって、エアチェックに励んでいった。
 2000年を越えた時点からでみると、クラシック音楽を入手する環境が広くなった、1曲あたりの購入単価が劇的に下がった、音楽を聴く機器が安くなった、という現状がある。その点からすると、この本に載っている情報量は少ないし、最新の研究成果が反映されていないという欠点がある。
 でも、別の点から見ると、この種の本は必要なのだ。たしかに情報を入手することになったが、基礎知識がないとそれを処理することができない。自分で判断できるようになるためには、その作品に関する情報や他人の判断を取り込んでいかなければならない。そういう手続を経ないで集めた情報は腐る。教養主義は批判されることが多いが、それは基礎的な教養を付けた後に行われる議論であって、教養をつむ体験をしない・「感性」の判断で万事OKということではない。

 さらに技術は進化し、かつ時間が橋の下を流れ、音楽データを無料でダウンロードし、PC経由で聞くことができるようになった。PCがネットとスピーカーにつながっていれば、大量の音楽を入手できる。これらのサイトを使って、ベートーヴェン交響曲全集をワインガルトナー、トスカニーニフルトヴェングラーカラヤンの最初のものを手に入れられる。おじさんの昔話をすると、1980年前後では、どれかひとつの全集を聞こうとすれば、LPで7-9枚、約1万円が必要だった。バッハの無伴奏チェロ組曲全曲は廉価だったが、3枚組4500円かかった。フルトヴェングラーの「トリスタンとイゾルデ」全曲が5枚組1万円、クライバーの「フィガロの結婚」が3枚組4500円・・・ ここまでのリストを購入する費用でPCとネット環境とスピーカーは手に入るのだよな。

 おれなんて、これだけですよ、これだけ。PCに音声出力ボードをつけるとか、オーディオケーブルでつなぐとか、高品質の音声ファイル再生ソフトを使うくらいの手間しかかけていない。

2011/04/05 石原俊「いい音が聴きたい」(岩波アクティブ文庫)