著者は昭和5年(1930年)生まれ。この場合、元号表示のほうがよい。神戸の貿易商に関連する家で育った。小田実のいう「ええとこのボンさん」だった。近眼で兵隊になれないので、軍国少年として率先して奉仕する。昭和20年の神戸空襲で、家族と家をなくし、終戦直後に妹(1歳と数ヶ月)を餓死させる。その後、さまざまな職を転々とし(常に貧困であった)、作家になった。都会に一人で放り出されたために、「世の中」がいかに移ろいやすいか、変化するものかを身をもって体験する。(同い年の自分の父は田舎で育ち、とりあえずの職業を得たためか、彼のように「国家」に対する挑戦的な姿勢はもたない。でも、理由は聞いたことがないが、皇室に対しては無関心で、戦争と飢餓を嫌っている)
この本が書かれたのは1980年。当時は米ソの軍拡競争は続いていたし、韓国は軍事独裁政権で渡航は制限。中国、北朝鮮の状況はさっぱり入手できなかった。1975年だったかにソ連の空軍戦闘機が千歳に亡命騒ぎを起こし、ソ連も磐石ではないことが少しはわかる。イランのイスラム革命、ポーランドの「連帯」運動を理解するのは当時の自分には難しかった。この国は、1970年代の石油ショックを乗り越し、比較的安定した経済成長を果たしていた。ただ、中曽根政権ができて、元号・君が代法制化とか。教科書指導が厳しくなるとか、核を自国でもとうとか、防衛費を拡大しようとか、そんな言論が強く主張され始めた。こんな時代。
で、著者はそのような「右傾化」やアメリカ<帝国>の圧力に反対しようと論陣を張る(別掲の羽仁五郎「君の心が戦争を起こす」もそんな一冊だった)。彼の主張を目次をもとにまとめると、
2.時代を超えて軍隊の本質は変わらない ・・・ 軍隊は国家のうちの「資本」「ステート」を守るが、ネーションやひとびとを守らない。軍隊の上位下達の命令系統は兵隊の心を貧しくする(人権を抑圧する)。独身の若い男性が軍隊経験をすることは生産性を疎外する。
3.アメリカにとって日米安保条約は必須だ ・・・ アメリカの世界戦略に取り込まれても、この国にいいことはない。むしろアメリカの資本政策によって国内産業が破壊される。軍隊を持ってもこの国で戦闘に勝利することはできない(それよりもひとびとのレジスタンスなどの行動が効果的)
4.食糧自給策は国を愛する基盤だ ・・・ この国は国内で戦闘することがなかったので(沖縄がこの国の一部であるという意識はほとんどの人がもたない)、食糧自給の思想がない。アメリカの余剰農産物を購入する施策は自給率を下げ、この国土にもっともあっている米作のノウハウと豊穣な土地をなくす。
5.原子力発電は子孫に禍根を残す ・・・ 未来のエネルギーであると推奨される原子力発電は問題だらけ。
6.軍国主義の成果はむなしい ・・・ 「神の国」などの観念をベースにした教育は判断力や理解力をなくし、他国に対する蔑視を植えつける。
7.死者をしてねむらせよ ・・・ 靖国神社に戦死した兵隊を祭ることはおかしい。死者を慰めることのできるのは家族のみで、「死」に対して国家が介入してはならない。ついでに、戦闘に巻き込まれた市民や兵隊が殺した敵国人を排除するのもおかしい。
8.日本は世界各国と文化経済同盟を結べ ・・・ アメリカ追従の外交や軍備の増強は他国の賞賛を得る行為ではない。それにこの国の人びとは欧米のことに詳しいが、周辺国家、第3世界のことをしらない。まず、個々人の知識を深め、交流することが大切。
それでもって、外敵の侵略があれば(そんな可能性はまずないのだが)、国家に頼らず、自分で自分の身を守れ、民間防衛を実行すればよい(自分(作者)はいつでも行くよ)。
読者である自分にとってはまっとうすぎる主張。しかし、このような単純さで語る(この本では具体的な政策などの方法論はない)ものは少ないので、逆に目立った、という感想、というかこの本を購入した意図を思い出す。