odd_hatchの読書ノート

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レオナルド・ダ・ヴィンチ「手記」(岩波文庫)

 「近代」というのもなかなかあいまいな言葉で、科学や哲学で見れば、ガリレオデカルトに始まるということになっているみたい。その前には、占星術師で天文学者であるようなティコ・ブラーエ、コペルニクスという人たちもいることになる。そのような系譜の中にダ・ヴィンチを置くことはなかなかないことであるが、こと視覚とか絵画表現ということであれば、それ以前の平面を立体に変えた一人(でその技術の最高峰)としてそれまでの様式を変えた天才ということになる。奇妙なことにこの画家はごく少数の作品しか残さず(当時の画家としては破格にすくない)、その実験的な手法は作品の損傷を激しいものにしている。
 でもって、ここではダ・ヴィンチの残したスケッチと手記をテーマごとに抜粋編集したもの。
 まずは、彼の生業である画について。画(家)が他の芸術(家)と比べて優れている点として次のことを言う。
1.一望することができる → 詩、音楽は不可能。
2.対象の全体を写すことができる → 彫刻には不可能。
3.時間によって変化しない → 彫刻よりも長持ちし、音楽はそのつど再現されなければならない。
4.誰にでもわかる → 詩はことばの熟達が必要である。
 ダ・ヴィンチは画を「自然」を正確に写すことができる方法としている。彼は画が自然の「相似光素(シムラクリ)」(今のことばならシミュラクラか?)であるという。このあたりの発想はのちの人々に影響を与えたかしら。
 後半には、自然現象に関する多数の観察やスケッチ。動物の生態を描写した文章がある。ここでは、文学と科学のことばが区別されていない。また、ここでは自分の観察によることがらは書かれていない。うわさ、伝説、言い伝えのことばである。実際にあるものよりも、書かれたこと・人が口にすることのほうがより真実を含んでいるとしている。のちに博物学図鑑を編纂したゲスナーも幻想と自然を同格で扱っていたのであった。妄想してしまえば、自然学(とくに動植物)に関する知的枠組みでアリストテレスの影響は強かったということ。生物学の近代化は物理学や天文学と比べるとずっとあとになってから。
 この感想にあげた人物の生年と没年をリスト化しておこう。
ダンテ(1265-1321)
ダ・ヴィンチ(1452-1519)
コペルニクス(1473-1543)
ゲスナー (1516-1565)
ガリレオ(1564-1642)
ケプラー(1571-1630)
デカルト(1596-1650)
ニュートン(1642-1727)
 きら星のごとく、であって、16世紀のガリレオから17世紀のニュートンまでは知的「革命」と呼ぶべき大変動、大発展の時代だったのだね。
 文中、ダ・ヴィンチは「科学」ということばと使う(上巻217ページ)。これは、実際はどのようなことばだったのかな。科学=サイエンスに相当することばはあったのだろうか。科学=サイエンスの元のことばにこだわるのは、サイエンス(英語)・ヴィッセンシャフト(ドイツ語)など近代科学に相当することばと概念が作られたのは1800年代、それも半ばになってからという論文を読んでいるから。
 自分が指摘するまでもなくダ・ヴィンチの近代性は充分認識されていることだ。その一方、トリノの聖骸布の製作者がダ・ヴィンチであるという研究(?)もあるとのことで、このときのダ・ヴィンチ錬金術師のようなうさんくささもあわせもっているようだ(それこそノストラダムスのような中世から近世の移り変わりの時期に出た天才変人という扱われ方をされるようである)。