ガリレオは高校物理の早い時期に彼の仕事を知ることになるが、それよりも晩年になってローマ教会の宗教裁判にかけられ、きつい審理を経て有罪判決を受けた後に、「それでも地球は動いている」とつぶやいたことで知られている。教会のドグマの押し付けに対し、個我の自由を守った信念の人。あるいは科学によって誰にも覆せないことを真理であると主張した人。このイメージが人口に膾炙している。

ではこのイメージができたのはいつか。18世紀の科学主義と啓蒙主義の時代という。このころには地動説は教会を除いて誰もが受け入れるところとなり、デカルトやニュートンのようなどこまでも均質な空間が広がっているという宇宙像ができていた。教会の権威に疑問を持つ人がでてきた。とくに前世紀のような拷問や監禁などを実行した教会に批判する人もいた。科学と啓蒙の人からすると、ガリレオは教会の権威に屈しなかった先駆者であるとみられた。
ガリレオを称賛する人にナポレオンがいた。彼が1810年にローマを占領したとき、ローマ教皇庁が保管している10万頁に及ぶ文書をパリに持ち帰ってしまった。ガリレオ裁判の記録を確認するためという。しかしナポレオンが命じた仕事が完了しないうちに失脚。1814年に文書を返却することになったが、フランスは移送費用の負担を拒んだので、ローマ教皇庁は文書の3分の2を厚紙会社に売却。それは永遠に失われた。残った文書はローマ教皇庁が秘匿した。1980年代に教皇庁がガリレオに謝罪。そのあと、ガリレオ裁判の書類が発表された。科学史家や歴史家は古文書を読み、ガリレオ裁判を再現しようと試みた。
その成果の簡略なまとめが本書。裁判を知るためには、まずガリレオの仕事を見ないといけない。最新機器の望遠鏡を自力で作って観察した成果を1610年に「星界の報告」で発表した。コペルニクスの地動説に少し言及した。そのあと金星の満ち欠けと潮の満ち引きの観察から地動説の確信を深める。ガリレオの仕事が知られるにつれて、ローマ教皇庁は異端の嫌疑をかける。1616年に第一回裁判。ここでは地動説を主張しない誓約をして決着。宗教裁判は、ことにトスカナ公国の首席数学者兼哲学者という公職にあるガリレオのような人には、拷問にかけることは目的ではない。異端の罪を認めて告解させるのが目的。教会は魂の救済をしなければならないから。ガリレオはこのあと研究を進め、1633年に「天文対話」を出版する準備を始める。アリストテレス、プトレマイオスを批判し、地動説を主張する本。天動説との両論併記で検閲に対処しようとしたが、当時のローマ教皇はガリレオに強い不信と嫌疑をもっていた。トスカナ公国の検閲は通ってもローマ教皇庁の検閲は通らない。そして教皇庁はガリレオを呼び出し、第二回の宗教裁判となった。数回の審問ののち、ガリレオは異端判決を受け入れ、出版停止、自宅軟禁などの判決を受け入れる。
ちなみに「それでも地球は動いている」の発言が最初に記録されたのは1756年のイタリア人の文書。そのあとぽつぽつと似たような記録が現れる。ガリレオ存命時にさかのぼれる資料はみつからない。言ったのかもしれないしそうでないかもしれないが、科学と真理への信念の人というガリレオのイメージができたのは啓蒙主義の時代だった。
ではローマ教皇庁はガリレオの何を罪としたのか。告発状をみると、太陽は世界の中心にあって動かない、地球は動いて日周運動をするという二点を主張したことが問題とされた。ことに後者が重かった。このふたつは1543年のコペルニクス「天球回転論」で先に主張されていた。コペルニクスは宗教裁判にかけられていない。ポーランドの遠方にいたこと、本が天文学者くらいにしか読まれなかったのがたぶんその原因。でもガリレオはフィレンツェというローマ近郊にいた、これまでの宇宙像では説明がつかない天文現象(彗星と新星)が起きてプトレマイオスの宇宙像が懐疑されるようになっていた。なのでガリレオの著作や手紙がローマ教皇庁にとどき、読んだ枢機卿らが地動説を異端視するようになった(ことに「星界の報告」出版後)。
これでは上のふたつの主張のどこが異端とされるのか、よくわからない。本書からその核心の説明を引用する。
地球が宇宙の中心になく、他の惑星と同列の地位にまで引き下げられるのなら、その地球上に住む人間の地位も同様に引き下げられることになるだろう。特別な存在として神の姿に似せて創られ、宇宙の中心にあって天上の神に絶えず見守られ、その信仰のゆえに昇天することができるが、逆に世界の底にある地獄に落ちることもありうる。この不安に満ちた人間という危うげな存在は、信仰によってのみ平安を得ることができる。この考えは、天動説が示す地球中心の宇宙において説得力をもっている。地動説は、何世紀にもわたって人びとに信仰されてきたキリスト教の根幹、人びとが拠り所としてきたものを台なしにしようとしていると考えられたのである(p.201)。
これでもなんのこっちゃになりかねない。
「不安に満ちた人間という危うげな存在」の不安や危うげとはなにか。それは「存在の大いなる連鎖」説を参照しなければならない。この説は他のエントリーでさんざん書いてきたので繰り返さない。アーサー・ラヴジョイの「存在の大いなる連鎖」感想のエントリーを参照。そこまでみることで不安や危うげは見えてきます。「存在の大いなる連鎖」は神学と哲学から死後のことまで、天体運航から地上の生き物まで、過去の歴史から未来のできごとまでを説明する。不安に満ち危うげな存在であることから逃れるためには、「存在の大いなる連鎖」による道徳を実践しなければならない。地動説はその実践を無にして、未来の救済の可能性を消失させることになる。たんなる自然現象の新しい解釈にとどまらない。彼らのアイデンティティに関わる重大な問題であるのだ。
ガリレオ裁判の影響は天文学者や数学者(イタリア在住の学者には裁判の結果が通知されたという)よりも、「存在の大いなる連鎖」説への批判や修正を予定した人に及んだ。デカルトは裁判の結果を知って、出版予定だった「世界論」を取り下げた。デカルトも「存在の大いなる連鎖」説の批判的受容者だった。
なお、このころから天文と自然観察をする人が増え、地動説を正しいとみなす人が増えていった。地動説によって世界の中心(すなわち最底辺)にいる人間の価値は少し上昇することになった。キリスト教抜きの「存在の大いなる連鎖」説を補強して、宇宙で孤独ではなくみじめでない人間の在り方を考えるようになった。またこのころから聖書の記述通りに歴史を記述する普遍史を書くことが困難になった。そのような100年のあと天体の運行を説明しつくすニュートンの力学が出て、地動説は決定的なものになる。でも「存在の大いなる連鎖」説への信頼は揺るがない。それはさらに100年以上たってから。
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