在特会のデモや街宣の映像は異様で不気味。ときに暴力を辞さない(しかし暴力行為にでるのは多対小になっているときだけ。人数が少ない時には挑発するがそこまで)。なぜ在特会は人数を広げ、路上で目立つようになったか。差別や排外主義の街宣やデモに人はひきつけられるのか。
これは在特会の活動が最高潮にたっした時期のドキュメント。国内の多くの路上でヘイトスピーチが流され、ヘイトクライムが起きた。それを見て、かつあの異様で不気味な集団に単身インタビューを試みるとは。しかも別れる前には、著者は年下の会員をハグする(たしか2013年の新宿ロフトの講演会での発言)というから、精神のタフさはすごい。
在特会の誕生 ・・・ 「在日特権を許さない市民の会(略称:在特会)」の会長(2015年退任)の高田誠(自称:桜井誠)の半生。21世紀のゼロ年代に醸成されたナショナリズムの気分にのって排外主義の主張をして注目を集めた。次第に言動が過激化。転機になるのは2009年のフィリピン人家族への「追い出し」デモ。
会員の素顔 ・・・ ゼロ年代の在特会会員のインタビューなど。登場するメンバーの大半が2017年でも、アクティブ。
(扇動者の存在よりも、その言葉を信じてパフォーマンスの過激な主張を実行するこれらの無名の、無数の人々の方がより恐ろしい。彼らは普段は主張を隠し、普通人として暮らしていて、デモや街宣の時以外はめだたない。)
犯罪というパフォーマンス ・・・ 2009年の京都朝鮮学校襲撃事件と2010年の徳島県教組襲撃事件の被告たちのインタビューなど。ネットによる情報戦略、街頭の激しさ、ストレートな主張の「わかりやすさ」。
チーム関西 - Wikipedia
(いずれも刑事で有罪確定。民事で賠償金支払いが確定。)
「反在日」組織のルーツ ・・・ 在特会以外の排外主義、カルト系愛国主義団体。21世紀のゼロ年代の後半に多数出現。本書の書かれた2012年ころが最盛期。手法は在特会に似ている。
「在日特権」の正体 ・・・ 「在日特権」はありません。制度でも、事例でも。
(これは2016年のNHKの取材で法務省、厚生労働省などが否定。)
離反する大人たち ・・・ 2011年水平社博物館前差別街宣事件(被告:当時在特会副会長の敗訴確定)。桜井誠より都市部の運動家の離反。
リーダーの豹変と虚実 ・・・ 2010-11年ころ。組織の拡大。桜井誠の変貌。古参幹部の離反。
広がる標的 ・・・ 在日コリアンから、反・反原発、パチンコ、外国人生活保護、フジテレビ。(このあと拉致被害者「奪還」、テロリスト、「反日メディア」などが追加)
在特会に加わる理由 ・・・ 在特会に加わらないが、周辺で協働する人たちのインタビューなど。著者のみた「なぜ在特会に参加するか」。
2013年以降の在特会や反ヘイトスピーチの動きは以下のエントリーに略述しているので、御参考に。
部落解放2013年11月号「「在特会」とヘイトスピーチ」(解放出版社) 2013年
法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社) 2015年
法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム II」(日本評論社) 2016年
師岡康子「ヘイト・スピーチとは何か」(岩波新書) 2013年
笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-1 2016年
笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-2 2016年
在特会の異様さや不気味さにふれると、なぜを忖度し、感情や思想を理解しようとする。でも、ネットでそんなことは不要といわれた。その通りと思う。この本にでてくる数十名のインタビューを読めば十分。彼らの異様さや不気味さの理由は彼ら自身が自己分析していて、ここに網羅されている。
気になるキーワード。「敵への憎悪(と羨望)」「疑似家族」「徒党を組んでの弱い者いじめ」「現実感覚の喪失」「敵(大手メディアや公務員、大企業正社員など)になりたくてもなれない人々」「承認欲求」「タブー破りの快感」など。自分からすると「一瞬の祭りでハネることに生きがいを見出す人々」「うまくいかない人たちによる守られている側への攻撃」「愛国に名を借りた鬱憤晴らし」が重要。この本に書かれたこと以上の分析や理由付けは不要でしょう。「あいつらはこういう連中だ」と納得すると、彼らを忌避して、彼らの差別行為、加害行為を黙認することになりかねない。
追加すると、 彼らの「主張(なるものはしばしば存在しない)」を検討する必要もない。この本や別の書で「在日特権」なるものの虚構性は立証されているし、なにより官公庁自体が存在しないと明言している。
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この本が書かれたのは2012年。新宿新大久保で「お散歩」なる韓国ショップ、飲食店への嫌がらせが行われた。それに憤った人々が翌2013年2月以降に、在特会のヘイトデモや街宣に抗議するカウンターを開始する。それから3年足らずで、在特会のヘイトデモやヘイト街宣の参加者は激減し、固定されたメンバーだけになった。収支報告を見るとカンパの金額も激減。なにより京都と徳島のヘイトクライムに対する賠償金が確定した。とても痛快。路上やネットやその他で、差別する人々(レイシスト)に抗議し、自治体に対策を促し、国会でヘイトスピーチ解消法成立に尽力された人々に心からリスペクト。
ここからはペシミスティックに。在特会や桜井誠の差別や排除の言動はとても不快。それどころかマジョリティであっても心が傷つき、容易に回復できない苦痛を残す(モニター越しのネット中継を見ていて、なんど吐き気を催したか、抑うつの気分になったことか)。やつらの「たのしみ(実際、あとの飲み会が街宣やデモの目的だと公言)」や「表現の自由(HSは誹謗中傷や名誉棄損や犯罪予告と同じく対象外)」は他人の人権を棄損する。
(彼らは「愛国」を口実に他人を傷つける行為をしているのだが、それが「国家」や政権の後ろ盾をもっていると勘違いしている。彼らはその勘違いをもとに威嚇的な示威行為を繰り返す。歴史的経緯をみると、全体主義国家や軍事政権はこのようなハネる極右を使って、市民や庶民を萎縮させるが、目的が達成されると、極右は解体させられる。226事件やナチスのSA粛清など。在特会も使い捨てられるときがくるかも。)
ヘイトスピーチを放置することは国際社会から批判され改善を要求される。例えばオリンピックの開催には人権尊重の施策を求められる(女性が正会員になれないゴルフ場は改善を求められるなど)。国連人権擁護委員会は加盟国の差別状況を定期的に調査し、改善を勧告する(この国は二回にわたって改善勧告をなされた。アジア諸国の中ではきわめて少数)。このような外からの圧力もあって、法や行政は少しずつ改善に動いている。それも在特会やその周辺への圧力になるだろう(きわめて甘い見通しだが)。
重要なのは、目につく在特会やレイシスト、あるいは著名人の差別発言だけにあるのではない。彼らの扇動にのって、彼らの「叩き出せ」「殺せ」を額面通りに受け入れて、実行してしまう無数の無名の人々の存在。SNSで著名人の差別発言があると、数万件が拡散され「いいね」の同意がつく。この国には声を出さない無名の人々が、パニックや扇動にのって、ジェノサイドを起こした記憶がある(国外では21世紀でも起きている)。「在特会はわれらの隣人」と著者は書く。同様に在特会のシンパ(共感する人々)もわれわれの隣人にいる。彼らの憎悪の矛先はいつでもわれわれ日本のマジョリティに向けられる。そこはしっかりと認識を。
ではどうするかは、上の参考エントリーで。
師岡康子「ヘイト・スピーチとは何か」(岩波新書)→ https://amzn.to/4bvfUuA
李信恵「#鶴橋安寧」(影書房)→ https://amzn.to/3wgd1yQ
有田芳生「ヘイトスピーチとたたかう!――日本版排外主義批判」(岩波書店)→ https://amzn.to/3Wv6N8H
神原元「ヘイト・スピーチに抗する人びと」(新日本出版社)→ https://amzn.to/3WxPmVh
角南圭佑「ヘイトスピーチと対抗報道」(集英社新書)→ https://amzn.to/3WB59Cy
安田浩一「ネットと愛国」(講談社)→ https://amzn.to/3USPmxy
安田浩一「ヘイトスピーチ」(文春新書)→ https://amzn.to/3wu5214
安田浩一「「右翼」の戦後史」(講談社現代新書)→ https://amzn.to/3xnRq7G
<追記 2017/5/16>
今日知った「ネトウヨのプロファイリング」論文
論文「計量調査から見る「ネット右翼」のプロファイル」
http://d-tsuji.com/59/
2014年調査データの分析結果によれば、「ネット右翼」層には男性が多く、年齢や学歴には有意な特徴はない。ネットのヘビーユーザであり、ソーシャルメディアのなかではTwitterを活発に利用する。「2ちゃんねる」を含む掲示板全般、「ニコニコ動画」を含む動画サイト全般の利用頻度も高く、右派系のオンラインニュースサイトへの選択的接触傾向をもつ。ネット上で他者とのトラブルを経験した率が高く、オンライン脱抑制の程度もネット中毒の程度も強い。
属性には共通性がない一方、インターネットに過度に接触するという行動性向に共通性がみられるといっていいのだろう。「ネットと愛国」に登場するネトウヨ分析と共通すると思う。