2022/09/01 堀田善衛「ゴヤ 3」(朝日学芸文庫)-2 1975年の続き
「彼ら(民衆)が立ち上って戦ったのは、ナポレオンの新しい軍事雫専制主義に対してであって、フランス革命の精神に対してではなかったのであることが社会的に次第にはっきりしてきていた(P10)」
アーレント「革命について」を援用すれば、スペイン人は憲法を作る体験をしたのであった。
反動・弾圧・迫害 ・・・ 戦争終結。フェルナンド7世が帰還し、憲法を保護にし、「超反動絶対専制君主政治」に戻す。密告が奨励され、弾圧・迫害が続く。経済が停滞し、植民地が愛想をつかして独立する。6年後に反乱が起きる。
フェルナンド七世・査問・粛清 ・・・ ゴヤは親仏派とみなされ調査されたが、一方王その他の肖像画注文が多数入る。豪華絢爛で不愉快な肖像。
″国家悪により追放さる″ ・・・ 政権の右往左往は肖像画の制作にも影響がある。大物政治家の肖像画の完成直前に、政治家が国外追放になったので、タイトルの文字が書き加えられた。次は俺の晩かもしれない。
『王立フィリピン会社総会』 ・・・ フランス革命は激烈な価値の転換、転倒をもたらした(貴族と聖職者の時代から退屈なブルジョアジーの時代へ)。タイトルの巨大な絵のような空無な政治空間が生まれる。フランス革命自体は文化の革命を行さなったが、革命の周辺では影響を受けた。それをみるに、
「新古典主義者諸氏もまた、大革命、恐怖政治、ナポレオン独裁、ルイ十八世復活などの、諸価値の転倒、再逆転などの思想的辛酸を経て来ているのである。/しかし彼らは(略)その長きにわたる危機状況を、美あるいは理性の定立ということを先に立て、そこで、美、あるいは完壁性というものを法則的な古典、古代に見るという迂廻路を経ることによって切り抜けて来ていたのである。/ゴヤが断乎として拒否したものは、その迂廻路そのものであった(P80-81)」
(18世紀後半、モーツァルトも入る新古典主義の説明では瞠目すべき見解!)
「空無の大空間のような思想的空白時には、人は、これも前記総会図中の人物たちのように無駄なお喋りで時を過すか、それともスペインをも含む多くのロマンティクのように「宇宙は夜の闇のなかに沈んだ」(ネルヴァル)として絶望するか、どちらかになりやすいものであったが、われわれの精力的な老人は、耳が聞えないせいがあって前者にはなりえず、またアラゴンの岩沙漠の真の闇の怖しさを知る者としてロマンティクではありえなかった(P79)」
(駄弁にふけらず、ロマンティックにもならない芸術家は他にベートーヴェンくらいという指摘も瞠目すべきもの。ともに聾者であるということも。)
「「血みどろの戦争」の、もろもろの宿命的結果のなかでも、もっとも「宿命的」であったのは、もっとも勇敢に戦った者たちが、戦争が終った後に、もっとも非道い目に遭わされたことであった(P84)」。
それを想起させるための空無を描いた巨大な絵。このように読み取る堀田善衛の見ることのすさまじさ。圧巻。(思い返せば、作家もまた1945年の東京と上海で同じ光景をみたのであった)
版画集『闘牛技』 ・・・ 過酷な政治状況ではあっても人が娯楽を求めるのは自然。ゴヤもタイトルの版画集をだす。注目するのは民衆、平民を登場していること。当時の新古典主義ではありえない異常なこと、だそう(そうするとモーツァルトのダ・ポンテ三部作オペラも民衆が登場する異常なものであった)。もうひとつは、動・瞬間の写し取り、光と影の対比、物語がないこと。これらは当時としては絵画ではなく、印象主義やその後の芸術の先取りになる。
地下画帳 観察・記述・批評 ・・・ ゴヤが描いたデッサンを見る。半島戦争、その後の反動政治での弾圧などで起きた残虐行為、拷問など。
「人間がもつもっとも本質的な悪の一つは、人間が人間に対して犯す悪を直視し、これを表現しきる勇気と技術を欠いていることである(P208)」
第4巻の前半は引用ばかりになってしまった。作家の指摘は目からうろこばかりなので、血肉にするためにメモを残さなければならない。自分の関心が歴史にあるので、「地下画帳 観察・記述・批評」に書かれたゴヤの心情に関する指摘には無頓着になってしまった。
世の中は暗い。反動により民衆は隠れなければならない。密告に怯え、逮捕されれば拷問される。経済はしっちゃかめっちゃかで、体制側といえどもまともに給与を払えない。イギリスは支援名目で高い値段で売り、国内の物流は滞る。酒で憂さを晴らそうにも、酒がない(たらふく飲む経験をスペイン人はしていないのだって)。ゴヤはとりあえず宮廷画家の称号を持っていて、ブルジョアや高給軍人、政治家等の依頼があるので生活には困らない。ゴヤのしたたかで冷徹なのは、売る見込みがなく、見つかれば逮捕・投獄される社会批判、政治批判、体制批判の絵を描き続けたこと。
2022/08/29 堀田善衛「ゴヤ 4」(朝日学芸文庫)-2 1977年に続く