2024/11/07 フョードル・ドストエフスキー「悪霊 上」(新潮文庫)第2部5.6 ピョートルは策謀の仕込みを進め、スタヴローギンは粛清を示唆する 1871年の続き
徐々に秘密結社の様子が分かってくる。数年前にペテルブルクで結成された結社があり、アメリカに数人を派遣した。その際に仲間割れ、ようやく帰国したころにはスタヴローギンの指示を得られないのでピョートルが先鋭化するが、キリーロフやシャートフなどの離反者を出す。彼らの活動はペテルブルク警察の察知するところとなり、各自潜伏したが、ピョートルの指示でこの町に帰還した。彼の目的は工場の労働運動の組織化ではなく、立場が危うくなり官憲に追われる状況にあるので、これを打破したいということだった。
第7章 同志たちのもとへ ・・・ ヴィルギンスキーの家には二十数人が集まっている。中には女子学生、中学生、将校、町長の息子もいる。人目を引くのは秘密の中央本部に通じている「五人組」、リプーチン、ヴィルギンスキー、シガリョフ、リャムシント、ルカチェンコ。会の趣旨がわからないのでみな疑心暗鬼で虚勢を貼っている。会議なのか否かで採決を取る。会議になったのでシガリョフが未完の著作を十日朗読して議論しようと言い出す。人類は10分の1の自由と支配する権利を持つものと10分の9の服従者・奴隷に分けられるという論。それに対し、1億人の頭をはねて溝を飛び越えようという檄文を議論すべきというものがいる。
(堀田善衛は「悪霊」のユーモアを指摘しているが、この章がそれ。実に陰鬱で面倒くさい話が、まるでコントのように描かれる。ボボーク(ある男の手記)1873年みたいだね。未完の著作と檄文は「罪と罰」のラスコーリニコフが提唱していたものと同じ。ラスコーリニコフが深刻に考えていたことが、「悪霊」ではバカにされるように提示される。)
ピョートルが口を開いて、無駄話を10年続けるか、それとも行動するのか、覚悟はあるのか、と扇動する。一人ひとりに決意を尋ね、「疑心暗鬼で虚勢」な連中はみな行動だという。疑義を問うものがいたので、密告を恐れているのか、密告者が紛れているのかと扇動し、みなに「密告しない」と言わせる。そのさなかに、シャートフがでようとする。ピョートルは「出ていくと不利になるよ」と警告。シャートフは出ていき、続いてスタヴローギンとキリーロフ、ピョートルも出ていく。
(出ていったこの4人は「密告しない」と言わなかった。しかしピョートルの一言でシャートフだけが疑われることになった。この間のピョートルは扇動者そのもの。自分の立場をあいまいにしながら、聴衆を煽って行動への動機付けをする。一人を生贄羊に仕立てて、憎悪と恐怖を集める。それによって結束力を高め、権力に服従させる。失敗や権力の抑圧の責任を生贄羊役に集めて、リーダーと幹部の責任をあいまいにする。)
第8章 イワン皇子 ・・・ ピョートルとスタヴローギンはキリーロフの部屋に行く。ピョートルは1500ルーブリ出せばレビャートキンとマリアの件を片付けるとスタヴローギンをゆする。スタヴローギンはぼくの手足を縛りつけて権力をふるおうとするのだろうと拒否。でていくのをピョートルが止めるので、投げ飛ばす。ピョートルは仲直りを懇願する。ピョートル「僕らは混乱の時代、堕落の時代を作る。シガリョフが言うような支配者と奴隷の社会にする。各人は全体に属し、全体は各人に属する。全員は奴隷として平等になる。全員には支配者が必要で欲しているので、服従を組織する。その社会を実現する最初の一歩の踏み越えはぼく。そのあとイワン皇子(ロシアの民話にでてくる救世主とのこと)であるスタヴローギンがでてくるのだ」。スタヴローギンは取り合わない。ピョートルは三日の猶予の間に返事しろという。
(シガリョフはそのためにスパイ制度を作れと主張する。これでシガリョフの目論見はラスコーリニコフの構想を精緻化したものであることが分かった。ナポレオン理論と踏み越えたものを支配者にする制度によって、全体主義を完成する。「各人はは全体に属し、全体は各人に属する」というスローガンはまさに全体主義運動そのものではないか。これをレーニン型共産主義運動に当てはめてしまうと、ドスト氏の「可能性」を読み誤る。運動に参加させ、常に敗北を経験させ侵略されていると思い込ませ、少人数の結社だけに交友を狭め、濃密な人間関係に意味と価値があるように思わせる。それがピョートルの目論見。)
(そのうえでピョートルが扇動者であるのは、熱弁をふるったシガリョフの主張をスタヴローギンが冷笑すると、すぐに捨てて、ピョートルとスタヴローギンだけが支配者になる構想に移る。まことに全体主義運動ではイデオロギーの「正しさ」はどうてもいいし、いつでも好きなように書き換えられる。支配者、指導者になるものにとっては支配し服従させ、永遠に運動させることだけが大事なのだ。)
(ピョートルは金にうるさい、細かい。運動には金がかかるから。金で他人を思い通り使うことができるから。しかし運動に参加するものには金を持たせない、彼らに金を使わない。奴隷には服従させ、施しを受けられないことを身に沁みらせるため。そうすれば、奴隷は支配者に反抗しない。反抗や抵抗は奴隷の中に生贄羊を用意し、それを差別しいじめさせればよいのだ。ピョートルの運動はとても用意周到。ナチスやファシスト党がでてくる50年前、ボルシェヴィキがでてくる40年前にここまで考えていた。というか同時代ロシアの反政府組織はこれに似た秘密結社を作っていたのだろう。)
フョードル・ドストエフスキー「悪霊」(新潮文庫)→ https://amzn.to/3WBIxA7 https://amzn.to/3YxIrft
(光文社古典新訳文庫)→ https://amzn.to/3yiZ58e https://amzn.to/4frVgOJ https://amzn.to/4fBNe5J https://amzn.to/3WydPYM
(岩波文庫)→ https://amzn.to/3WCJV5E https://amzn.to/3LRCsLd
亀山郁夫「ドストエフスキー「悪霊」の衝撃」(光文社新書)→ https://amzn.to/3z4XZNP
亀山郁夫「謎とき『悪霊』(新潮選書)→ https://amzn.to/3ziWU4X
2024/11/04 フョードル・ドストエフスキー「悪霊 下」(新潮文庫)第2部補章スタヴローギンの告白 彼が沈黙している理由がわかる。スタヴローギンはマルメラードフの被虐とラスコーリニコフの過剰な自意識を持った複雑な人間 1871年に続く