ナチ政権ができた1933年からヒトラー自殺と敗戦の1945年までに、ドイツでは各地で反ナチ運動が行われた。エリートが行ったものもあれば、学生・若者が主導したものもあるし、ユダヤ人支援には市井の人々が参加した。いずれも命を賭しての行動であり、発覚した場合たいていは死刑になった。この運動は戦後秘匿されていたが、1980年代頃から注目された。資料の収集、聞き取り等が行われ、多数の出版物が出た。そこから本書はいくつかの事案を紹介する。

反ナチ運動を紹介するには、権力側の動向を知ることが必要だ。それは以下のエントリーで詳述したので、ここでは割愛。そうするのは、本書の記載には不十分なところがいくつかあるので。
石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)
芝健介「ホロコースト」(中公新書)
小野寺拓也/田野大輔「検証 ナチスは『良いこと』もしたのか?」(岩波書店)
それでも強調しておかなければならないのは、ナチスは国民の強い支持があって成立していたこと。そのうえヒトラーユーゲントという青少年運動を組織して青少年に反学校・反キリスト教の「教義」を植え付けていった。密告が奨励され、警察その他の治安組織は簡単に逮捕し、拷問した。そのような状況で反ナチ運動をすることはまさに「実存」と正義が問われる。自分に不利益があったり不幸になったりしても、正義と公正を貫けるか。それを実行する希少な人たちがいた。
「反ナチ運動の担い手はじつに多岐におよぶ。無名の男女小市民から上層市民まで各層各界の人びとが反ナチ運動に関わっている。本書が着目したのは、そのなかでも既成の組織に縛られず後ろ盾もない人びとがいかに考え行動したかである。彼らを支えたのは、自らの責任で決断し事を引き受ける意志である。これを「市民的勇気」という。それを彼らはそれぞれの置かれた立場で自らの行為として表した。通底するのは、ナチズムにたいする倫理的闘いであった(P283)」
ここであげられる反ナチ運動は
1.国内ユダヤ人支援運動。たとえばナチ占領地のオランダでアンネ・フランク一家を匿ったひとたち。国内ユダヤ人はベルリンに集まったので、支援者はベルリンに多かった。驚愕したのは、指揮者レーオ・ボルヒャルトがいたこと。ベルリンフィルの指揮者で、戦後の復活第1回演奏会を指揮した。残念なことに4か国占領中に誤って射殺された。
2.白バラグループ。各地で反ナチビラ、反戦ビラを配布した。
3.ゲオルグ・エルザー。1938年のヒトラー暗殺未遂の実行者。単独で計画実行した。
4.「7月20日事件」。1944年におきた軍部クーデター。失敗したために関与者とその家族係累が処罰された。
彼等は戦後沈黙することが多かったので、実体はほとんど知られなかった。占領軍はドイツ国民の罪という方針だったので黙殺され、極右は非愛国者と批難した。でも次第に知られるようになった。上にあげた4つが有名だが、他にもあったことがわかった。「エーデルワイス海賊団」の運動がおもしろい。ジャズなどの「退廃芸術」が大好きな若者がナチをボコっていたという。
この事例を知ると、ひるがえって我が国日本を思い出すことになる。日本に反軍運動はあったか、差別政策の被害者支援運動はあったか。後者はともかく前者はなかった。軍や警察にたてついたのは、徴用された朝鮮人や中国人だけ。大多数の日本人は闘わなかった。誰かがいっていたが、ファシズムに最後まで抵抗するのは社会主義者や労働組合員ではなく、強い自由主義者だ。日本には自由主義を根づいていないからなあと嘆息。
ナチに関するこの指摘はおどろいた。
「ナチ指導部にとって「キリスト教は自然の法に反するもので、自然への抗議である」と否定された。ここにいう「自然の法」とは生存のための弱肉強食、優勝劣敗という生物界の様相をさしている。彼らには「弱さへの共感」、「人間愛」とか「魂の救い」といった精神性は不可解なものであっただろう。そうした立場からすれば、キリスト教とナチ世界観とは共存できなかった。だからナチ指導部は、当面はキリスト教をナチ化して教会の存在を認めるにしても、最終的にはナチ世界観がこれに代わり教会をドイツから消滅させようとしていた。(P211)」
なるほど全体主義運動は、既存の宗教に代わる新しい宗教を作る運動であったわけだ。反キリスト教であることを察知したので、ドイツの教会(の一部)は反ナチ運動に関与したのだろう(反ナチ運動とユダヤ人を保護した)。ナチスはオカルティズムと関わっていたというが、今まではナチ高官と支持者がバカだったからと安易に考えていたが、もっと運動の根幹にかかわるような重大事であったのだね。大日本帝国ではすでに国家神道という既存宗教に代わる宗教をもっていた。宗教団体は翼賛団体になっていたので、宗教や信仰を根拠にする反軍運動はなかった。(そりゃ、ごく少数はいたろうさ、でもね。)
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