odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

芝健介「ホロコースト」(中公新書) ナチスの収容所はアウシュビッツだけではない。1980年以降の新発見も反映したナチスのユダヤ人絶滅計画の概要。

 ホロコーストは1939年9月から1945年5月までのナチスドイツによるユダヤ人大量殺戮のことをいう。WW2前の欧州のユダヤ人口は950万人くらいと推測されるが、そこから600万人が死亡させられたと推計されている。推計値になるのは、ドイツ敗戦直前に絶滅収容所が破壊され、記録が破棄され、生存者は極めて少なったため。それでも1980年代から資料の発掘と証言収集が進み、次第に詳細があきらかになってきた。


 そうすると、ナチスは当初から反ユダヤ主義であって、国内のユダヤ人一掃をもくろんできたのだが、最終的に絶滅収容所によるジェノサイドにいたるまでに紆余曲折があった。図式的にまとめると、
・ドイツの反ユダヤ主義は中世からあった。WW1からドイツ軍が反ユダヤ制作を取り、敗戦後もユダヤ人嫌悪感情やユダヤ陰謀論が盛んにおこなわれていた。

・1933年にユダヤ人排斥を公約にするナチスが政権奪取。ユダヤ商店ボイコット、ユダヤ人排斥と追放の各種人種法が制定、公職追放の順。
(最初は社会主義者から以後順次対象が拡大される。ニーメラーの警告通り。)

ナチス共産主義者を連れさった[5]とき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。/彼らが社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声をあげなかった。社会民主主義者ではなかったから。/彼らが労働組合員らを連れさったとき、私は声をあげなかった。労働組合員ではなかったから。/彼らが私を連れさったとき、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった。」

ja.wikipedia.org

 ユダヤ人の移住促進と強制労働が行われるようになる。(このとき周辺国はユダヤ難民を受け入れず送還したので、強制労働や虐殺が公然とおこなわるようになった)

・1939年のポーランド侵攻で、追放から隔離になる。占領地を中心にゲットーが作られ、食糧供給の制限で緩慢な大量殺人を行った。ユダヤ人資産の搾取、重労働で間接的絶滅策がとられる。この時期は東欧ソ連の占領地への移住と隔離が検討されていた。

・1941年の独ソ戦開始で「最終解決」決定される。食糧不足への危機意識で進められたともいわれる。

・行動部隊(アインザッツグルッペン)が組織され、占領地やゲットーなどで大量虐殺開始。当初は射殺だったが、兵士のトラウマがひどいのでガス殺が増える。

・1941年後半に絶滅収容所が作られる。絶滅収容所は殺害を目的にする。強制収容所は懲罰や強制労働で搾取することを目的にする。当初は捕虜兵士収容を目的。独ソ戦が膠着し、ソ連ポーランドの捕虜が減ると、ユダヤ人を収容し軍需生産の強制労働をさせた。囚人はすぐに消耗するので、長期間生き延びることは困難。どちらの収容所でも、ユダヤ人資産は搾取された。
強制収容所の起源は19世紀末のボーア戦争でイギリス軍が設置したもの。それをスターリン下のソ連ナチスドイツが模倣した。以後、幾多の独裁国家全体主義国家が作った。)

・ラインハルト作戦が開始され、国内や占領地に作られた数百の収容所で大量殺戮が行われた。アウシュビッツが飛びぬけて有名だが、十数の絶滅収容所のほうが被害者が多かった。敗戦直前に徹底的に破壊されたので、情報がほとんど残らなかった。囚人たちは食糧供給などないまま「死の行進」を命じられ、数十万が死亡している。
ナチスドイツの絶滅収容所強制収容所配置図〉

画像画像

・ドイツの敗戦後、虐殺に関与した者は裁判を受けて有罪になっている。時効がなくなり、21世紀でも当時未成年だった所員が90歳を過ぎて有罪になって収監されている。戦後のナチ追及などは以下を参考。
2025/05/16 望田幸男「ナチス追求」(講談社現代新書) 戦争犯罪を自国で裁く決意が周辺諸国の信用を培う 1990年
大澤武男「ヒトラーとユダヤ人」(講談社現代新書) 1995

 

 以上のホロコーストは、ヒトラーの意思によるのか、戦局の推移に乗じた統治システムによる選択なのかは議論が続いている。ヒトラーなど指導者からの命令もあいまいなので、どこまで関与したかもあいまいという。そこの追及は専門家にまかす。
 最近の研究が反映された本書を見て慄然とするのは、絶滅と強制の収容所と労働キャンプがドイツ国内と占領地に数百もあったこと。そこで600万人と推定される人が虐殺された。多くのドイツ人は知らなかったというが(それも誇張であるという研究がでている)、これだけの施設が残っているので、なかったとすることはできない。戦後ドイツがホロコーストに対する謝罪を繰り返し、ホロコースト否認の歴史捏造を処罰するのは、否定できない事実があるからだ。また21世紀の難民受け入れ政策にもホロコーストの記憶と記録が影響しているだろう。
2025/05/14 武井彩佳「歴史修正主義」(中公新書) ヨーロッパ諸国が歴史否認や捏造を法で処罰するようになった経緯。ヘイトスピーチ同様、市民の監視が必要。 2021年

(この国では、1938年の南京虐殺捏造論という歴史捏造が公然と主張されている。そのためか、それ以降の中国本土で行われた三光作戦の様子がいまだにはっきりしない。現在の日本領土にも強制労働の記録が残っているのに、行政が無視している。政治家が日本の植民地と戦争の犯罪にはっきりした態度を示さないから、歴史捏造がまかり通っている。)

秦郁彦「南京事件」(中公新書) 1986年
笠原十九司「南京事件」(岩波新書) 1997年
笠原十九司「増補 南京事件論争史」(平凡社ライブラリ) 2018年

 

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