著者は古代教会史とドイツ・ユダヤ史の研究者。本書は1991年にでたが、そのあとに、以下の啓蒙書を出している(1995年)。
2020/03/03 大澤武男「ヒトラーとユダヤ人」(講談社現代新書)
本書はドイツ(といっても国ができたのは19世紀後半なので、ここではドイツ語が使われる地域くらいの意味)に範囲を限定したユダヤ人の歴史をみる。第三帝国時代のユダヤ人は上掲書でよりよく解説される。
古代のユダヤ史やドイツ以外に集住したユダヤ人もいるので、下記などで歴史を知っておくとよい。
上田和夫「ユダヤ人」(講談社現代新書)
土井敏邦「アメリカのユダヤ人」(岩波新書)
臼杵陽「イスラエル」(岩波新書) この国はシオニズムを統合理念にしているわけではない

本書はドイツの歴史や社会システムなどを知っていることが前提になっている。俺も詳しいわけではないが、下記の記述を納得するためにいくつかの情報をメモしておこう。キリスト教は金を貸して利息を取ることを厳禁していた。そのために、キリスト教徒がやれない仕事・職業は唯一金貸し(金融業)だった。ドイツでは職業組合(ギルド)に加入して、訓練をうけないと一人前になって自前の店を持てない。ギルドと教会の幹部は市政に参加する権利を持っていた。一般市民の政治参加はとても狭められていた。
1 前史―ユダヤ人とは ・・・ ディアスポラ以前のユダヤ人の歴史は前掲上田著を参照。ドイツには4世紀には入植していた。このときはユダヤ人ネットワークを駆使して、イスラムとの交易を担当していたらしい。その財に目を付けたのが十字軍。遠征費用捻出のために、ユダヤ人集落を襲った。以後中世ドイツではユダヤ人は搾取の対象で、追放・略奪・虐殺が繰り返され、ポーランドに逃れた者が多数いた。
2 ユダヤ人の財と賤性 ・・・ 中世ユダヤ人はあらゆる職業から締め出され(土地も取得できない)、金貸しだけができた。ユダヤ人の国際的な連帯・ネットワーク・金融システムがあったから。国際商取引にも携わった。これが悪のユダヤ人イメージになり、略奪を正当化する理屈にされた。中世の城壁都市内に住むことはできず、壁に隣接する狭い地域の劣悪な建物に隔離された(ゲットーと呼ばれる)。カソリックもプロテスタントも反ユダヤ主義では一致していた。一方宮廷はユダヤ人の経済力に依存していて、官僚になるものがいて、ときに貴族になるものがいた。
(ゲットーに住むユダヤ人はその外に出ることが許されなかった。ユダヤ人とそれ以外の交流はほとんどなかったので、差別や蔑視は常に放置された。)
3 後進ドイツとユダヤ人 ・・・ 近世になると、高名なフリードリヒ大王(18世紀の開明君主)がユダヤ人規定を作り、ユダヤ人を6つの階級とそれ以外にわける差別法を施行した。反ユダヤ主義はドイツ全土にあったが、改善されたのはフランス革命後にフランス軍に占領されていた時期。フランスは革命後にユダヤ人に市民権を与えていたので、それを占領地でも実施した。そこからゲットーのユダヤ人とドイツ人の交通が再開する。しかしナポレオン没落後のウィーン会議でバックラッシュが起こり、再びユダヤ人迫害と追放が行われる。この時期にドイツ人(ユダヤ人を含む)のアメリカ移住が盛んになり数百万人が移住したユダヤ人の市民権は1850年代になて認められる。そこからユダヤ人はもともと持っている金融資本を利用して、工業に投資をしてドイツに近代化・資本主義をもたらした。ギルドに加入していないので、意思決定が早かった。ドイツの産業革命を支える勢力になった。1870年代にドイツは国家統一する。そこで法的・制度的にユダヤ人の平等・自由が実現するが、ドイツのナショナリズムは強い反ユダヤ主義を生む。
(反ユダヤ主義を持っているドイツの有名人には、ルター・ゲーテ・カント・フィヒテ・ヘーゲル・ワーグナー・マルクスらがいる。これは衝撃! この人たちの思想にある反ユダヤ主義はきちんと捕えないといけないなあ。市民権を認められるころからキリスト教に改宗して積極的に同化するユダヤ人も現れる。また高い教育意欲からユダヤ人から知識人・学者・創作者が19世紀になると登場する。そういえばバロックや古典派にはユダヤ人の作曲家はまったくなく、19世紀になるとユダヤ人作曲家がでてくる。メンデルスゾーン、マイアベーア、マーラー、ヴォルフなど。理由は市民権と職業選択のある程度の自由のせいだったのか。)
ここは衝撃的な教科書が教えない世界史。ドイツに限らずヨーロッパ史では、自発的に制度や技術を開発し、人間個人を尊重する人権思想が生まれたと記述する。教科書レベルでは、暗黒の中世を抜けてヒューマニズム発見のルネサンスを起こし、啓蒙時代に人権思想を生んだとされる。しかしヨーロッパでは中世のころから反ユダヤ主義があり、追放・略奪・虐殺が繰り返されていた。職業・居住・結婚・移動などの自由が制限され、はなはだしいときはゲットーという狭小地域に隔離されていた。金に汚い悪のユダヤ人イメージは文芸その他で繰り返され類型化され、差別意識を助長した。ヨーロッパの反ユダヤ主義は19世紀末以降のものが紹介されることが多い(ドレフィス事件以降)。それ以前からあり、しかもとても広範な地域に見られる。ヨーロッパの精神・思想の根幹には反ユダヤ主義があるのだ。そこはしっかり押さえよう。
(日本にも周辺諸国侵略が皇国イデオロギーに含まれている。これと並行関係にありそう。)
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2025/05/27 大澤武男「ユダヤ人とドイツ」(講談社現代新書)-2 ユダヤ人の市民権は敗戦と極右の台頭で剥奪され、ナチスによるジェノサイドに至る。 1991年に続く