odd_hatchの読書ノート

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平澤輿「生命の探求者」(新学社文庫)

 昭和17年に「子供の科学」に連載されたエッセー集。自分の知っている「子供の科学」は誠文堂新光社から出版されていたが、当時はどうだったのか。

 タイトルから連想されるのは、生物学の発展の話であって、たしかにレーヴェンフックが顕微鏡の発明と細胞の発見で登場するものの、リンネ、ダーウィン、メンデルというような名前はない。それは作者が医学部で解剖学を教えているものだから。それに、19世紀から20世紀半ばまでを鳥瞰するとき、生物学の勝利はすなわち医学の勝利であるとみなされる成果を生み出していたのだった。そのころの医学と生物学の中心は細菌学にあり、また一病因一病原説が優勢であるような時代でもあった。それは多くの細菌感染による病気の治療と予防で巨大な成果をあげたのだった。
 そのために、主人公は、パスツール、コッホ、エールリッヒという細菌学の巨頭。それに北里、野口英世、秦という日本の俊英がからんでいるというように記述は進む。彼らの成果(自然発生説の否定、狂犬病コレラ赤痢などの病原菌発見、免疫療法・血清療法その他の治療法の発見、サルバルサンなどの画期的な医薬品の発明、などなど)はわれわれの生活に極めて近しいので、理解しやすい。
 そこに本邦の研究者が参加しているということ。コッホはインターナショナリズムであったらしいが、パスツールナショナリズムの人。この二人がライバル意識と同時に友情を持っていることも知らされる(エジプトの風土病研究で二人は会っている)。書かれた時期のせいもあるが、通常よりも本邦の研究者の成果は大きめに描かれている。冒頭からしばらくの間は、この国の医学研究者の仕事の紹介にページを割いている。日本住血吸虫(一括変換できなかった)の病原虫の発見、その予防法などは感動的。自分も同じ話(たぶんこのエッセーが出所)を子供のころに読んだことがある。
 はしがきを引用しよう。こういう文章を当時の10代(前半)は読んでいた。

「若い諸君。日に日に伸び行く若い諸君。諸君のことを考えると、私は限りない喜びと希望に胸が躍るのです。/(略)/一見やさしそうですが、この本には研究者としても私の心も燃えており、同時にこの本は若い諸君に対する科学の入門書ともなると思います。」

 科学の入門として、著者が「若い諸君」に期待しているのは
・好奇心。ある現象をみたときに、なぜそうなるのか、どうしてそうなるのか、こういうことに疑問を持つこと。
・いったん疑問を持ったら判明するまで、粘り強く研究をすること。登場する本邦の研究者、北里・野口・秦ともに喧伝されているのは、粘り強く、寝食を忘れるほどの研究への没頭、ミッションを設定したらそれを実現するまで諦めないこと。同時に人並みはずれた体力が要求される。
(別の面からみると、海外の医学部や研究所に留学した彼らは、手先の器用さと粘り強さを買われて、実験担当者として使われたともいえる。)
のふたつかな。臨機応変とか、機を見るに敏なりというのはモットーではないようだ。
 あとこのはしがきにあるような燃えるような教育への熱情。こういう文章を10代の読み手に向かってかける物書きというのはいるのかしら。1960年を過ぎてしまうと、30歳を境に、それぞれ敵対しているというか、理解し合えない関係にあるとかいう気分になって、真正面に向き合うのが気恥ずかしいのだよね。

「日に日に伸び行く若い諸君。諸君のことを考えると、私は限りない喜びと希望に胸が躍るのです。」

は、相当の勇気というかしっかりした決意がないと書けなくなった。