odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

科学の「権威」について

 趣向を変えて、昨日のtwitterのつぶやきを再録します。
科学が権威をもつということについて考えてみた。

①科学者集団の内部の人たちは、科学は疑うもの、確立していなくて正しさは将来変わりうる可能性がある。一方、すでにある言明は覆すことが困難であること、あたりが一般的な考えになる。

②では科学の外にいる人たちはどうかというと、科学は信じるもので、権威を持つとされる。それは、科学の言明が理解困難であること、科学の言明を確認する手段をもたないことなどが理由ではないかと推測。

③この乖離の理由はおいておくとして(科学の細分化と高度化あたりかなあ)、なぜ科学が権威を持つのか、あるいは権威があるようにふるまうのか。あるいは権威があるようにふるまえるのか。

④結論を先取りすると、科学そのもの(そんなものがあるのかと疑問をもつけど)は権威はたぶんないか非常に少ない。むしろ科学の後ろにある国家が権威を持っている。科学の権威と国家の権威が分かちがたくなっていて、一方、科学は人々の生活や仕事に向き合うことが多いので、科学に権威をみる。同時に国家の権威をみる。

⑤科学の権威は次のように現れる。1)科学研究やプロジェクトを国家が推進しているので、2)科学の成果に基づいた政策を行うので、3)義務教育で習うことなので、4)科学を勉強することが立身出世の役に立つので、5)科学の成果物が生活の役に立つので、正しいとされる。

⑥ではなぜ国家は科学を推進するのか。以下は廣重徹「科学の社会史」を参考にして、歴史的に記述してみる。18世紀の産業革命の時代、科学は権威を持たなかった。むしろ技術者のほうに企業や国家は着目した。

⑦技術者の試行錯誤と職人芸で発明・製造された機械が軽工業の生産性をあげて、国益にかなったから。古典物理学の基本はまとまっていたが、科学者は企業に呼ばれないし、国家政策に提言できない。

⑧変化があったのは19世紀になってから。重要なエピソードは3つ。1)19世紀初めのドイツの有機化学有機物の人工合成が可能になり、染色産業が勃興。ようするに科学の成果を実業化した初めになる。

⑨2)19世紀半ばのパスツールとコッホの一病因一細菌説。これによって伝染病の予防が可能になる。それは軍人・兵士の罹患率を下げ、植民地に赴任する官吏を安全にする。

⑩3)アメリカのマンハッタン計画。物理学者がE=MC^2の式から原子爆弾の製造を予言し、成功した。これが戦争の帰趨とその後の政策に大きな影響を与えた。ようするに科学を研究し、成果を集約すると、企業の利益があがり(税金が増え)、国家の利益を増大することに、国家が気づいたのだった。

⑪おりから研究費の増大に悩んでいた科学者も国家がパトロンになることを受け入れる。あわせて科学者を要請するシステムをつくり、国家と科学の関係を補完する。以上は、廣重徹のいう「科学の制度化」の簡単なまとめ。

⑫注意するのは、国家の側が科学に色目をつけただけではなく、科学と科学者も国家に科学を売り込んだ。それはビジネスと同じように、このようにするとこうなるというモデルを提示すること。科学がほかの分野と異なったのは、モデルの現実化が非常にうまくいったことにある。

⑬成功率が高く、投資対効果があがるのが科学だった。たとえば、宗教や哲学や占星術錬金術による国家政策や企業経営への提言と比較するとよい。具体的で成果をしっかりあげられるのは科学くらいだった。科学と科学者の信頼の源泉はここ。

⑭科学は仕事の種類を増やし、利益と給料を上げるのに貢献し、手作業を自動化し、情報伝達の量とスピードを上げた。こうやって、科学は生活を便利にし、効率的にした。科学の成果や言明の内容が理解できなくても、科学は信頼できるものと認識される。これらの成果を通じて、人々は国家の政策を支持する。

⑮だから19世紀の民族国家は科学を政策にする。それは現在の国家にも通じる。科学を国家の政策にしない、できない国家では、科学はたぶん権威を持たない。国家が支援しないから。伝統医学や呪術治療が継続するし、占いも生活に使われるだろう。避妊普及やワクチン投与は浸透しない。

⑯1970年代以降のビッグプロジェクト、巨大科学になると、投資対効果が見えなくなる例が増えて、科学者集団と国家運営集団の外の人から科学が批判を浴びるようになった。宇宙開発と原子力発電など。

⑰あとは科学の「予言」がだんだん期待通りにならなくなってきたのも、科学の批判や幻滅の契機になる。ガン治療とか核融合とか超電導とか地震予知とか。

⑱それでもこの国では科学の権威をもつ。その理由はたぶん科学に変わる方法やシステムを今のところ生み出していないから。科学よりも成功率が高く、投資対効果のあがる方法やシステムがあれば、国家がそちらに予算をまわし、政策に取り入れるだろう。

⑲東洋思想が、オカルトが、ニューエイジ(サイエンス)が、といろいろな科学の代替物が提案されてきた。あいにくマンハッタン計画や月着陸に匹敵するインパクトを上げたものはない。

追記
たぶん科学の権威を国家の権威に「押し付けた」論理が弱いのだろう。歴史的経緯と科学政策だけで説明しているから。どうやって補強するのがよいか、そもそもその論理でOKなのか、考えてみよう。