odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

トマス・トライオン「悪を呼ぶ少年」(角川文庫)双子の片方がもうひとりのいたずらや事件を必死で止めようとするのだが・・・

 竹本健治「匣の中の失楽」にでてくる双子の愛称が、このホラーの主人公たちからとられていた。そのためにこの小説にはずっと興味があったにもかかわらず、1990年ころは品切れになっていた。最近、角川ホラー文庫で復刊された(といっても古本屋で買ったので、数年前の復刊本)ので、読んでみた。

 コネティカット州の田舎町にすむペリー一家。昨年父が枯れた井戸に落下して死亡した。そのころから母が精神を病んで、部屋にこもるようになる。一家の面倒をみているのは祖母のアダ。もとはロシアの生まれで、19世紀の終わりころに移民に来たのだった。彼女の心配は、ホランドとナイルズという双子の兄弟。1935年当時に13歳。ナイルズは明るく素直な性格。一方、ホランドは冷酷で謎めいている。ホランドはさまざまないたずらを考えて実行する。ときに他人を傷つけることもあるので、ナイルズはホランドを止めようとするのだが、どうしてもホランドのペースに巻き込まれてしまう。
 事件が起きたのは、従弟のラッセルが来たとき。双子とはそりが合わず、互いに嫌っている。ラッセルが納屋で干し草に飛び込んでいるとき誤って、鋤で胸を貫いてしまった。使用人は鋤をちゃんと片づけたという。納屋は双子の遊び場だったのをラッセルに貸したのだった。そして、ペリー家の隣家のミセス・ロウが心臓まひで死んでしまう。そこにはホランドのハーモニカが残されていた。双子の母はある夜、階段から転落して、脳に障害を起こして寝たきりになってしまった。双子の姉はすでに結婚し、子供をもうけていたが、祭りの夜、乳児が失踪する。人々の懸命の捜索にも関わらず、見つからない。
 いずれの事件にもホランドが関係しているようであった。ナイルズは必至で否定するが、祖母アダの疑惑は次第に膨らんでいく。そして、ある夜、地下室にアダはホランドを追い詰めて、真相に迫ろうとする。
 奇妙で、しかも悪意のこもる事件の間に、ナイルズにもさまざまな小事件が起きる。父がホランドに送った指輪はナイルズのものになっているし、ホランドは同時にある恐ろしいものもナイルズに渡す。あるいは、ラッセルのメガネをホランドは盗んでいた。これらの小物が後になって重要な仕掛けにかかわっていく。ミステリー的な謎解きも後に用意されている。
 もちろん現代の読みなれた読者には、1971年初出の原題を知り、章の最初に置かれた話者のわからないひとりごとの文章を読むことによって、おおまかに趣向を知ることができるだろう。それはその種の物語が1980年代以降に大量に書かれたからであって、決してそのことがこの作の評価を下げるわけではない。むしろ、その十数年前に書かれたホラーの奇蹟的な傑作を換骨奪胎し、一人称のナラティブでもって読者を翻弄する手腕は見事。いささか冗長ではあるけど。
 あと、この物語が大戦間の田舎で暮らす子供たちのものであることに注意。人里離れ、同世代の友人のいない子供たちの残虐性がはぐくまれる。それでいて、夏休みで開放的に動き回っているのは、彼らの無邪気さ、清浄さを示してもいる。すなわちブラッドベリ「たんぽぽのお酒」のダーク・バージョンなのだ。ブラッドべリ作のほうでもずいぶん人は死んだのであるが、それは子供たちが大人に成長するためのマイルストーン、イニシエーションであったわけだが、こちらのほうは・・・いけねえ、いけねえ。まあ、ここまで。
 さらに追加すると、怪奇小説もこの年になると、ずいぶんグロテスク描写が直截に描かれるようになる。その生理的な嫌悪感も強くてねえ(とりわけクライマックス直前のペリー家でのパーティで発覚したこと)。1970年代初頭というと、ロジャー・コーマンらの古い怪奇映画もあったが、トビー・フーパー悪魔のいけにえ」、ジョージ・A・ロメロナイト・オブ・ザ・リビングデッド」のような暴力的でグロテスクなホラーもあったわけで、怪奇物の革命が進行していたわけだね。

 映画化されていました。