odd_hatchの読書ノート

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鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-2 他の文明から遅れること数百年後の9-10世紀に農業革命が起きてから大きな集団を作れるようになる。

2016/03/29 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-1 の続き。


 そういう「発展途上国」だったヨーロッパが変わるのは、9-10世紀に農業革命が起きてから。鉄製農具が使われ(中国に2-3000年遅れ、この国とは数百年遅れ)、家畜にひかせて深耕できるようになってから。三圃制が普及して、定住して農業ができるようになった(それまでは数年ごとに開墾して移住していた)。これで収穫量が播種量の3-4倍にある。あわせて家畜の共同放牧をするようになり、村ができて規模が大きくなる。集村は封建領主が率先して行うようになる。
 封建領主の中から強力なものが生まれて、国王を名乗るようになる。面白いのは、国王になるにはローマ法王に塗油してもらうことが必須。キリスト教に承認されるという権威を持つことで世俗の権力を行使できるようになるのだった。その背景にはキリスト教の普及がある。ケルトやゲルマンの土俗宗教や祭儀をキリスト教が取り入れることで信徒を増やしていく。ただ教会の数が圧倒的に少なかったので、領主は私有教会や修道院を作った。そうすると、周辺の村民を教会を中心に組織化して、傘下に収めることができるから。こうしてヨーロッパの人々は生活が宗教化していく。この組織化は皇帝―領主のラインで進むものと、ローマ教会―地方教会のラインで進むものとがあった。ふたつの公権力の力は中世の中期までは教会の側が強く、それ以降は国王や皇帝が奪取しようとする(エーコ薔薇の名前」の背景はこのようなせめぎあいがあった)。
 とはいえ、国王―領主のラインも一枚岩であるわけではない。国王が没したとき跡継ぎをどうするかでもめたのだ。豪族や領主は選挙で決めるし、皇帝の一族は直系の血統権を主張したい。教会は法王の継承を全員一致の選挙で決めていた(独身者の集まりで血統権は意味を持たないし、全員一致の決定は神の意志の顕示であるという思想があった)ので、豪族―領主の後押しをした。選挙や議会のような近代民主義によくにた仕組みは「暗黒の中世」にあったというのが新鮮な驚き(なにしろこの国の公権力には、似たような仕組みはなかった)。
 以上の国王―領主の説明は図式的すぎて、フランスとドイツでは異なる。フランスは世襲制が強くて、王権が次第に強化された。なのでアナーニ事件やアルヴィニョンの捕囚などでローマ法王の権力を下降することに成功する。一方、ドイツは国王を選挙で選ぶのが続く。「民主的」ともいえるが、世襲できないので国王は権力を強化しない。自然と地方領主の力が強い。そのうえ、ドイツの神聖ローマ帝国ローマ法王に塗油されることで権威を得たので、教会の力を必要とする。そのうえ皇帝は教会の問題に熱中して、国内を疎かにしたので、領主の統合する中心になれなかった(それが19世紀まで小王国が乱立し民族国家の形成が遅れる原因になる)。それでも1338年にはローマ法王による儀式がなくても正統であると宣言して、世俗権力と教会権力を分けることになった。
 西ローマ帝国の崩壊以後、世俗と聖の権力は教会にあったのが崩れた。代わりに「国家」が統合の象徴になる。たぶん私見(というか妄想)では、統合されたヨーロッパから国家に分断されたヨーロッパに意識が変わったのが「中世」の終わりになるのだろう。
 その例が「騎士」にある。中期の中世までは所領を持たなくとも騎士は存在しえた。遍歴しては同業の騎士と決闘し、負かして身代金を得るのだそうだ。金が無ければ野盗と化す。闘いが職業であり、スポーツになっていたという。中世騎士文学の馬上騎士試合はそのような騎士の生活を描く(ただし身代金の記載はない)。農業革命が起きて集村化が進むにつれて所領をもって農民を組織化している領主にかなわなくなる。あわせて戦争の仕方が変わる。騎士の重い甲冑は役に立たなくなるのと、戦争が長期化するので傭兵を雇うのが合理的(傭兵の出身地は主に、農業生産性の低いスイスとポーランド)。戦争目的が領主間の極地的限定的なものから宗教目的の殲滅戦になる。騎士の価値がなくなる。

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2016/03/31 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-3
2016/04/01 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-4