odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

東野圭吾「夢幻花」(PHP文芸文庫)

「花を愛でながら余生を送っていた老人・秋山周治が殺された。遺体の第一発見者である孫娘・梨乃は、祖父の庭から消えた黄色い花の鉢植えが気になり、ブログにアップする。 それを見て身分を隠して近づいてきたのが、警察庁に勤務するエリート・蒲生要介。ふとしたことから、その弟で大学院生の蒼太と知り合いになった梨乃は、二人で事件の真相解明に乗り出す。一方、西荻窪署の刑事・早瀬も、別の思いを胸に事件を追っていた……。/禁断の花をめぐり、宿命を背負った者たちの人間ドラマが交錯する〝東野ミステリの真骨頂〟。/第26回柴田錬三郎賞受賞作。」
東野圭吾『夢幻花』|PHP研究所


 サマリーをつくる意欲がわかないので、出版社の作品紹介を引用。補足すると、
 久遠食品研究開発センターで新しい品種開発を長年務めてきた秋山周治翁が殺される。物盗りでも怨恨でもなさそうだった。第一発見者の梨乃は自分の挫折を理解してくれた唯一の親族なので、どうにか犯人を見つけたいと思う。手がかりは現場から行方不明になった黄色いアサガオ。その行方を追いかけているときに、大学院生・蒲生蒼太とであう。彼も挫折の中にいて、異母兄の要介に対するコンプレックスと将来の展望が見えないことから、梨乃の捜査に協力することにする。所轄の担当・早瀬もまた挫折の中にいて、被害者の老人が自分の息子の危機を救ってくれたことから犯人を見つけたいと思い、かつ警察庁のエリート(要介)に対する反感で捜査に力を入れる。
 長年の探偵小説のファンである自分としては、犯罪の不可解さとか、被害者をめぐる憎悪の関係とか、探偵とワトソン訳のノリツッコミとかを読みたかったのだが、見事にすかされた。なんだ、これはマンハント(亭主狩り)の話か、殺人事件は被害者には申し訳ないけれど、事件は若者二人の恋の物語のツマなのね、と思ったのだ。
 作品紹介にある「宿命を背負った者たち」というのは、惹句の常として大げさに過ぎるが、それぞれが挫折の体験をもっている。すなわち梨乃は水泳でオリンピック強化選手に選ばれるほどでありながらパニック障害で選手であることをあきらめていて、蒼太は原発研究という2011年以降にはスティグマのついた研究でお先真っ暗であり、かつ優秀な兄の前でコンプレックスを抱えており、早瀬は別居の最中ですでに妻と息子に会うことはかなわず独身の気楽さよりも結婚の破綻の孤独をかみしめている。さらにいえば、被害者の周治も企業の研究競争で成果を出せずに契約を解除され、一人暮らしの孤独をかみしめており、要介はひとりエリート臭ふんぷんとしているものの一族の秘密を一身に背負い所属先の仕事よりも優先しなければならないという重荷を背負う。彼らは事件の解決そのものよりも、過去の自己実現の失敗を克服する契機としていて、被害者に思いをはせるよりも、行方不明のアサガオの行方を捜すことに注力する。そうすることで、これらの別々に動いているものが少しずつ集まり、情報交換をしているうちに次第に事件の輪郭がはっきりする。タイトル「夢幻花」はアサガオの別名らしいが、もうひとつの意味が隠されていることが分かり、過去半世紀以上の謎が解明される。
 まあ、そのような人の関係が複雑にからまった(その割に人間関係は広くない)事件が解明されるよりも、挫折の克服の方が大事。自分の年齢が彼らと遠く離れてしまったので、10代から20代の失敗や挫折とそこからの自己回復の話にはあまり興味をもてなかった。そこで最後にマンハントがもう一回すかされたのは、こちらの読みが甘かったかな。
(現在の事件はともあれ、過去の事件がそのようなものであるのはなんだかなあ。そういう怨念や隠蔽の話にするのは単純な二分法に陥らせる思考の怠惰だと思うので。なにを言っているのかわからないと思うが、具体的に書くことができない事項なので、こういう隔靴痛痒のかき方になる。)