odd_hatchの読書ノート

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イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-2

2017/06/30 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会) 1982年 の続き


 十年ぶりに再読(2017年1月)。以前は登場人物表しかつくらなかったので、今回はメモを取りながら、章ごとのサマリーをつくった。

 小説は、三人称で説明される部分で大枠のできごとが語られ、エステーバンによる一人称のモノローグがはさまれる。ふたつはだいたい交互に並んで、100年にも喃々とする長いデル・バージュ家の歴史が展開される。

第1章 美女ローサ ・・・ 20世紀の初頭と思われるチリのどこか。セバーロとニベアのデル・ベージュ家。15人の子沢山で(死者も多数)、生まれる女性はみんな美女。とくにローサの美しさは際立っている。その妹のクラーラは予知能力と念動力の持ち主。ニベアの兄弟のマルコスは変わり者で冒険家。飛行機(できたばかり)でジャングルを飛行中行方不明に。葬儀の後に帰還し、最後はアフリカで客死(死体変換の際にバラバースという犬がついてくる。美しすぎるローサにエステーバン・トゥルエバという若い山師が求婚。父セバーロが政界進出を企んでいるとき、どこからか贈られたブランデーを飲んでローサは急死(殺鼠剤がしこんであった)。エステーバンの慟哭。クラーラはこのあと9年間口を利かない(このとき10歳)。
(マルコス叔父だけで優に一冊の長編ができそうなほどのエピソードが語られる。19世紀の悪漢小説になりそうなほど。それがたった20ページに圧縮されているというもったいなさ。叔父の死、ローサの死が最初の章に現れ、この一族の不幸が暗示される。)

第2章 ラス・トレス・マリーアス ・・・ エステーバンの25-35歳。父が破産、母が大病で寝たきり。ローサの死後、看病の姉を放り出して、エステーバンは父の持っていた農場(章題)に15年ぶりに帰還する。それから10年、エステーバンは暴君となって農場再建に精を出す。農民をこき使い、処女をすべてレイプし(私生児がたくさんできる)、レンガ作りの家を与え、地域通貨をつくって売買できるようにし、予防注射をうち、小学教育を始める。エステーバンは気難しくなり、癇癪持ちで不機嫌になる。使用人(リーダーはペドロ・セグンド・ガルーシア)や農民は畏怖と憎悪を感じている。姉から、母危篤の連絡が入る。
(この時代は第一次世界大戦時に重なる。なので、ニベア・デル・ベージェは婦人参政権運動を開始し、大戦後にチリに移民が来て、アメリカの大衆文化に熱狂し、散財して投資に回さず、共産主義運動が開始される。これらの社会的な問題は、のちにデル・ベージュ家とエステーバンに大きな影響を及ぼすことになるので、よく覚えておくこと。)

第3章 透視者クラーラ ・・・ クラーラのティーンエイジ。10歳で言葉を語るのをやめてから、母や乳母が手を尽くすが全く改善しない。ついには学校をやめて家庭教師につく。本好きでノートをとるようになる(それを孫娘が読んで、この小説を書いた)。刺繍を除いて家事がまったくできない。19歳の誕生日に「近々結婚する」と初めて口を開く。その数か月後に、35歳になったエステーバンが、デル・ベージュ家に嫁になれそうな女性はいないかと尋ね、クラーラが承諾。婚約発表の日、ナイフを刺されたバルバース(犬)がクラーラの手の中で死ぬ。エステーバンとの新婚旅行中に懐妊して、エステーバンのたてた邸宅にエステーバンの姉(母の看病で結婚できなかった中年女性)と暮らす。長女ブランカを出産。毛深い醜い女の子だったが、長じては美しくなる。
(クラーラの霊能力はますます強くなってくる。予知能力が冴えて、千里眼や夢占いをして近隣の人が集まってくるし、精霊が見えるようになって毎朝挨拶を交わしたり、テーブルや食器を念動力で動かすようになるし。一方で、世俗のことにはいっさいかまわなかったので、家事ができない。普通こういう能力は忌避されるものだが、彼女は特別な扱いをされたようだ。エステーバンは農場経営でためた金を使って大邸宅をつくる。この屋敷はこのあと数十年使われて、チリの政治変化を長生きしたエステーバンといっしょにみることになる。)

第4章 精霊たちの時代 ・・・ 首都に住んでいた一家はラス・トレス・マリーアスに行く。農場の不思議なできごと(蟻の大群に襲われたが、村の爺さんが蟻を説得すると翌日姿を消す)。ブランカは差配人ペドロ・セグンドの息子ペドロ・テルセーロと遊ぶ。ペドロ・テルセーロは組合活動を開始。クラーラは妊娠して、首都の邸にもどる。双子の男の子ハイメとニコラスを出産。のちに寄宿学校に入ると、ハイメは12歳でマルクスを読むようになる。クラーラはセラ三姉妹などを心霊会を開く。エステーバンは居場所がないように感じ、町の娼館でトランシト・ソトと再会。トランシトは娼婦の組合をつくり共同経営をもくろむ。ラス・トレス・マリーアスではエステーバンがレイプしたパーチャが死亡。名前を付けられなかった子供はエステーバン・ガルーシアと呼ばれる。エステーバンは姉フェルラといさかいを起こし、邸から追い出す。
(この章では、当時はやりだした自動車の事故で、第1世代のセバーロとニベアが死去する。ニベアの首がなくなったのをクラーラが霊視して見つける。死はこの小説で繰り返しあらわされ悲劇的な様相を強めていく。ここではまだ牧歌的。またエステーバンの事業はこの時代が絶頂期。複数の企業で成功し大金を使えるようになる。一方、チリでは不況、寒気、発疹チフスで大量の人々の苦難都市が起きてきた。デル・バージュ家には対岸の火事であったが、のちの世代には社会の不安が直撃するようになる。それを含め、大河小説の仕込み完了。この章のサマリーにあげた人々はのちに数世代にわたる愛憎の入り混じったドラマを演じることになる。出生の由来を覚えておくようにしよう。)

第5章 恋人 ・・・ ブランカティーンエイジ。ペドロ・テルセーロとの秘密の恋(この密会のなんとロマンティックで神話的なことか! ペドロ・テルセーロは詩才の持ち主。自作のバラードをギター伴奏で歌う)。しかし1930年代に邸と世界が不吉になっていく。追い出されたフェルラが現れて消える。クラーラは死んだといい神父と一緒に貧民街で孤独死したフェルラを見つける。チリに大地震(おそらく1939年のチラン地震)。一万人の死者。ラス・トレス・マリーアスの邸が倒壊。エステーバンが生き埋めになり、救出後盲目のペドロ・ガルーシア老人に骨接ぎしてもらって、4カ月寝たきりに。乳母が地震の恐怖で死亡。邸の家事をする人がいなくなったので、首都の家とラス・トレス・マリーアスをクラーラが采配する。不慣れなので、ペドロ・セグンドに助けを求める(彼はクラーラを崇拝するようになる)。病身のブランカが学校をやめて自宅に帰る。農場を追い出されたペドロ・テルセーロは組合・社会主義活動を行う。身を隠してブランカと逢瀬を重ねる。ブランカは粘土で人形つくりをはじめ、村の評判を得る。
(クラーラは35歳を過ぎて中年に。邸の家事を取りまとめるものがいなくなったので、クラーラが代わりを務めるが、ブランカのいうように「普通の主婦」になった。それは彼女の妖精みたいな特質が消えたというより、社会が変わったと積極的にみるようにしよう。それを経験した故の彼女の老年の存在感があるのだ。チリは世界大戦には参加しなかったが、経済のグローバル化と自然災害が社会を不安にする。地震と邸の倒壊、クラーラに使えてきた年長の女性の相次ぐ死去が第4章の黄金時代を一瞬で暗雲漂うものにする。さらに社会主義運動や組合の組織化による支配関係がくずれていくところも。このあとのできごとに大きく影響する。)


 著者の経歴はwikiイサベル・アジェンデ - Wikipediaを参照。親戚にアジェンデ大統領がいて、ピノチェトの軍事クーデターで亡命(ガルシア・マルケス「戒厳令下チリ潜入記」(岩波新書)参照)。亡命先で初めて書いた小説がこの「精霊たちの家」で、ベストセラーになった。
 書き始めたのが40歳前。なので、第3章までは読みづらい。方法や文体を確立できていなくて、模索していたからだろうな。それが第4章になってクラーラの個性がはっきりしてから、物語は豊かになる。それまではリアリズムの書き方だったので、霊能者の特異性はあまり強調されない。それがふっきれたのか、第4章になると千里眼、夢占い、テレコキネスは誰も疑わなくなり、毎朝精霊と会話するのもあたりまえになり、イヌのバルバースもクラーラの意図を測ったかのようなふるまいをする。そしてインディオアニミズムもあることとして書くようになるので、人が蟻を説得するもの当然になる。このようにリアリズムでは書けないことを当たり前に書くところから、この小説の成功が始まる。
(とはいえ、ガルシア=マルケス百年の孤独」のような想像力の驚異的な羽ばたきはなくて、まだおとなしい。その代りに、「百年の孤独」では希薄な社会や政治との関係が強調される。)

      



2017/06/28 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-3 1982年
2017/06/27 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-4 1982年
2017/06/26 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-5 1982年