odd_hatchの読書ノート

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フィリップ・K・ディック「ジョーンズの世界」(創元推理文庫)

 PKDの長編は複数の主人公がいて、それぞれが物語をもっている。ここでもそう。なので、ストーリーに沿ったまとめにはしないで、主人公たちに注目するようにして。

 大状況は、他惑星への移住や冒険宇宙船が飛んでいるころ(ただし社会のしくみや生活は1950年代風)。突然、宇宙から<漂流者(ドリフター)>がやってくる。単細胞らしい巨大な莢が地球に落下してはそのまま動かなくなり、腐っていく。とくに害はなかったので、放置することにした。
・フロイド・ジョーンズは1年先までの未来予知ができるアノマリー。上述の<漂流者>が来ることを予言したので、大衆の喝采を浴び、秘密警察が治安維持をしている閉塞状況に飽き飽きしている大衆に担がれて、連邦世界政府の最高司令官にまでのし上がる(タイトルの由来)。ポピュリズムにのっかって(かつカリスマ性ももつ)、最高権力を持っているが、ジョーンズは憂鬱。1年先に死ぬことが分かっていて、しかも自分が失敗することも知っている。しかし未来は改変できず、彼は従うしかない。疲労し消耗して。
保安警察長官ピアソンは、現在の秩序を維持する責任者。ジョーンズの組織が大きくなることを憂い、組織的な弾圧をするものの、すでに未来のできごとを知っているジョーンズは、弾圧も暗殺の回避してしまう。ジョーンズを担ぐ連中が都市を埋め尽くしたとき、連邦政府保安警察は瓦解せざるを得ない。しかしピアソンはジョーンズの取引にのらず、強制収容所に送られる。
・彼の部下ダグ・カシックは最初にフロイド・ジョーンズに接触した保安警察官。上司の指示でジョーンズの情報を集める。彼の問題は妻との間がしっくりこないこと。ドラッグ・バーでアンドロギュノスのショーを見たときに、決定的な亀裂を迎える。妻ノーラはジョーンズの教団の昔からの幹部で、ジョーンズの指示で動いていた。離婚して子供とも離れる(このあとジョーンズが最高司令官になるが、カシックの動きは書かれない。<漂流者>の正体が明らかになり、地球が<漂流者>によって太陽系内に閉じ込められることが明らかになってから、再登場)。
・生化学者カミンスキー博士は秘密実験施設で人為的なミュータントを金星の環境に適応できるように改変するプロジェクトを進めていた。彼ら7人の子供はシェルターに生まれたときから閉じ込められ、外を知らない。ジョーンズの世界がつくられようとするとき、彼らミュータントを載せた宇宙船が金星に向かい、着陸に成功する。ミュータントは金星で初めて外を知り、自活することにする。(そこで<漂流者>の正体を発見する。
 1954年12月13日SMLA受理、1956年出版。長編第2作(発表順。書いたのは3作目)。とてもすっきりしたストーリーで、サスペンスフル。無関係に思えるエピソードがつながるところも(冒頭のミュータントの話が残り三分の一になるまで顧みられず、そのあと重要ポイントになるところ)。スペースオペラ的でハリウッドのアクション映画風のつくり。強力な権力を持つ独裁者、秘密警察による保安というのは、そのころには終焉を迎えていたマッカーシズムの名残といえるか。<漂流者>の意図にもその時代の反映であるかも。そのような現実の模倣とみてもよいし、PKDのオブセッションの現れとみてもよいし。(不死身の独裁者がいて、個人が抵抗する話が同時代にもあった。フレドリック・ブラウン「不死身の独裁者@未来世界から来た男」がそれ。)
 1年先の未来が読める、<漂流者>が外見とは裏腹に敵対的であるなど危機が訪れているのに、登場人物たちは抵抗するのではなく、無力観に打ちのめされ怠惰になる。それは世界が沈滞していて閉塞感にまみれているためだし、未来予知とは無関係に没落しつつありあらがっても無駄だと思っているから。登場する人たちはジョーンズをのぞいて、オブセッションには取りつかれていないのに、疲労し無力感に蝕まれている。しかし大状況はスペースオペラのようにジェットコースターのように進むのであり、その間に大きな壁というか齟齬がある。希望を持つのはそれまでシェルターに逼塞していたミュータントたちだけ。ここの認識がとてもペシミスティック。当時PKDは20代半ばだったのに。