「偶然世界(太陽パズル)」。1954年12月13日SMLA受理、1955年出版。PKDの出版された第一長編。すでに大量の短編を書いていて、その実績をもとにエースブックスから2長編を一冊にまとめたペーパーバックスとして出版された、のでよかったかな(このあたりの書誌をよく読んだのは30年前のことなので記憶があいまい)。
翻訳は280ページ弱の短いものだけど、大量の情報が投げ込まれている。サマリーにするとわけがわからなくなるので(実際100ページくらいまではストーリーが頭に入らない)、箇条書きにするしかない。
・2203年の近未来。生産過剰で消費が追い付かない。なので、くじやクイズでポトラッチ風の浪費が定常的に行われる。社会は無級者(アンク:職人など)と有級者(ホワイトカラーやテレパスなど)に区別される。有級者はヒルシステム(企業のようなコミュニティのような)に所属していて、政府?が発行するパワーカードを持っている(なくすと無級者になるみたい)。社会はコンピュータが管理。そこにMシステムだか理論だかが組み込まれていて、計算された偶然が起こるようになっている。パワーカードの持ち主の中からクイズマスターがランダムに選ばれ、マスターは社会の統治者として全権を握る。
・クイズマスターは、対抗者や前クイズマスターなどが選ぶ刺客の挑戦を受けなければならない。元クイズマスターのリース・ベリックは刺客の挑戦を退け、例外的に長命な権力をもっている。それは、ティープと呼ばれるテレパス集団の支援を受けているからで、ティープは人の思念を読み取り、次の行動を把握して、阻止する能力をもっているため。
・あるとき、システムが作動して、現クイズマスターは失脚。宗教集団のリーダーであるレオン・カートライトが次のクイズマスターに選ばれる。さっそく、リース・クラッグは刺客としてキース・ペリッグを選び、カートライトに向かわせる。
・あるヒルシステムに所属していた生化学者テッド・ベントリイは突然、失業。この巨大な組織の生活に飽き飽きしていたので、リース・ベリックを訪ね、彼との誓約を結ぶ。べリックはカートライトへの刺客にベントリイを利用することを目していた。
・すなわち、人間がクイズマスターに近づくとき、周囲のティープが即座に刺客を発見し排除してしまうため。そこでべリックらは合成人間に29人?のオペレータの思念をランダムに刷り込んで、人格の統一性がないようにし、ティープのテレパス能力の裏を書こうとしたのだった。ベントリイはオペレータのひとりとなる。
・一方、カートライトの宗教集団は無級者のなかの志願者を募って、冥王星の外にある第十惑星への冒険旅行を計画していた。現在の地球のゲームとクイズと暗殺の統治システムからはじかれたものが、「自由」な社会の構築を目指して。そこに近づいたとき、惑星の方から地球人は生存可能範囲から出てくるなという異星人の声を聴く。
ああ、ややこし。このあとは、合成人間キース・ペリッグがカートライトのいる建物へのアタックがあり、それから逃れるためにカートライトとティープの逃亡があり、ダンジョンの奥に到着した合成人間が敵を発見できなかったために宇宙船の機能を持って月へ飛んでいき(!)、ベントリイが罠から逃れようとし、ルナでカートライトとべリックのコンゲームがあり、第十惑星で宇宙船が発見し・・・と、どんどん話が転がっていく。後半になってからの物語のスピードはすさまじいし、筋がひっくり返って次々あたらしいレベルに上がっていくのも心地よい。この大状況のスペクタクルもある一方で、キャラたちの愛憎のもつれも加わって、読者は物語を整理できない。風呂敷を広げ過ぎてたためなくなり、無理やりたたんだらいろんなアイデアを説明しきれず消化不良になってしまった、というところ。
作者本人も高い評価をあげていないのだが、処女作には作家のすべてがつまっているということばがあるように、ここ(正確には長編第二作め)にはのちのPKDを象徴するアイテムや問題がたくさん(未整理のまま)散らばっている。合成人間、人格転移、自己同一性の喪失、宇宙的な意志と交流する宗教、人間を罰する巨大で交通不可能な意志、因果律が解体して偶然が支配する社会、消費過多のまま停滞した社会、思い通りに動かない機械、シミュラクラ、テレパス、コミュニケーション不能、自由への渇望、自然の喪失、人造の食べ物やペット、理由不明に追われる主人公、若い女性への憧憬、失業と失恋、家族の解体などなど。のちの長編は並べあげたテーマとひとつ取り出して、十分に展開していったみたいではないか。
できはよくないけれど、可能性を感じさせる、愛嬌のある一編。