odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

木下ちがや「ポピュリズムと「民意」の政治学 3・11以後の民主主義」(大月書店)-2

 後半は「2011.3.11」以降のできごと。本書の性格から外国の話題は少ししか触れていないが、2000年以降の大規模占拠などの民主化ポピュリズム運動も知っておいた方がよい。 

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第7章 二〇一五年七月一六日――「安保法制」は何をもたらしたか ・・・ 2015年の安保法案強行採決をめぐる状況分析。「各種世論調査で国民の八割が法案の中身がわからないと答え、六割が反対を表明し、ほぼすべての憲法学者憲法違反と言い、答弁が二転三転し議事が八〇回以上ストップし、理事会が要求した資料も提出されずに委員会で強行採決され、そして本会議では与党のみの起立で採決された」。この運動はそのまえの反原発運動、沖縄の反基地運動、大阪の都構想阻止運動などの経験の延長にある。中央統制の統合力が弱体化(与野党とも)する間を埋めたのが、民主主義的なポピュリズム運動。この運動が「野党共闘」を生み出し、支える力になった(2017年の立憲民主党設立や共産党サポーター制度開始などもこの流れにある、と補足)。
「専門家集団と一般市民・・において、市民こそがより説得的な議論を展開できるという「一般的知性」をめぐる逆転現象が起きた」の実例がこの動画。
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた

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(安保法案の強行採決は与党自民党の「横暴」「暴力」とみていたが、そうではなくて上記の種々の運動の結果そうしなければならないように「追いやられた」とみるのは、読者を勇気づける。なるほど。)

第8章 政治を取り戻す――「学生たちの社会運動」と民主主義 ・・・ 2015年の「学生たちの社会運動」と、昭和の学生運動の違い。2015年では、大学は学生の拠点ではなく、キャンパス内では組織化できない。就職難と学費の負担で将来に不安を感じている。参加が困難ではあるが、可能性を感じている。
SEALDsなどの学生たちの組織ができたときに、社会運動に参加する大人の側では彼らを前面に立てて、俺たちは後方支援に徹しようという動きがあった。TQC(東京給水クルー)の活動等がそれで、学生の手が回らない裏方仕事である誘導、音響手配、ドラムロール、給水・菓子配給などを行った。)

第9章 時代遅れのコンセンサス――トランプの勝利は何を意味するか ・・・ 1970年ニクソンからトランプまでのアメリカ政治の変遷。トランプは「時代遅れのコンセンサス」(過去にでた極右や反グローバリズムナショナリズムの政策の焼き直し)。
(21世紀になってのグローバル化と不況と機械化で若者の就職率が極端に低下。とくに大卒の知的不安定雇用層に不安と不満が蓄積。世界のリベラルな社会運動の担い手になっている。なので、リーマンショックまでに資産を勝ち得た満足の人々の保守やナショナリズムと対抗する。)

第10章 「新しいアナキズム」と2011年以後の社会運動 ・・・ 19世紀にはマルクス主義アナーキズム(国家否定、アソシエーショナリズムと共通性あり)は協働することもあったが、20世紀にはごく少数になった。国家の規律化と組織化が進み、政治が議会に収斂したことが理由と思われる(アナーキズムテロリズムという宣伝が功を奏したというのも)。20世紀の後半は左翼が退潮。リベラルが大都市の上流中産階級に収れんして民意から消え、左翼が実践と大衆性を放棄したことなどが背景にある(あとプロレタリアートが地域的でネット社会にはリアリティがなくなり、時代遅れの概念にもなった)。大衆性や実践は極右の草の根ネットワークが担うことになり、新自由主義の集団と結合して、政治に影響をもつようになった。グローバル企業が第三世界の搾取強化と公共空間の解体を行うことで、ますます大衆性と実践が消えていく。21世紀になると新たなアナーキズムがグローバル運動から発生。多様性と民主主義、共通の敵への対抗というワンイッシュー。日本でもとくに以降に現れている。特徴は、1)主導権を持つ政治的勢力がない状況で現出、2)非正規雇用層、自由労働者などの新しい階層が担い手、3)明確な敵に方法と目的を一致させる(シニカルな批評精神は排斥される)、4)参加者の自発性(主導権をもつ個人や組織がない。カリスマがいない/生まない)。
(「『新しいアナキズム』は自称されるものでなく見いだされるものであって、権威主義に対抗し、多様性を重視し、集団内部の民主主義の発展に心を砕く者はみなアナキストである」。実際、反レイシズムの運動でアナキズムアナキストが自称されたことはないが、やっていることはアナキスト的だなあ。なにしろ運動の呼掛けや方法は地域や組織にはからず、いきなり世界中の個人にむけて発信されるのだ。)

第11章  共同意識と「神話」の再生――複合震災の残響 ・・・ 強烈な外的ショックが契機になって、普遍的な共同意識が形成され、共同の時間軸が設定される。その意識は常識として浸透し、長い間保持される。たとえば敗戦であり、最近では「3.11」。3.11はそれ以前の「日本型企業社会」への反省や違和の意識を共同で持つようになり、発生の数年後には象徴的な大規模空間の占拠として表れた。これはハイセオリー(高理論)に基づく決意ではなく、大衆の直感と自発性に基づくもの。そのような場に「未来社会の一断片@日高六郎」を見出せる。
(日本型企業社会の分析は、第1章や第4章に重なるのでサマリーでは省略。)

第12章 非政治領域の政治学――結社・集団論の新たなる組成 ・・・ 戦後の昭和の社会に基礎を置いた丸山真男政治学の制約と可能性(興味がないので、素っ飛ばした)。最後に、それまでの集団-結社とは違う運動の在り方の例を、反レイシズム運動の「ダンマク隊」などにみる。
(新しい運動の結社は、笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)に当事者の証言として詳しく書かれているので、あわせて読んでおくこと。)
2017/05/09 笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-1 2016年
2017/05/08 笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-2 2016年


 第2次安倍政権のありようは独裁的ではあるが民衆の熱狂的な支持がなく、高揚もなくて「内向きの言葉」だけが垂れ流され、野党の徹底的な追及や勇気ある告発者がいるにもかかわらず、存続しているという異様さ。このような「引きこもり常態」をつくりだしたのは、「わたしたち(反安倍の運動に参加する人たち)」であると著者はいう。なるほど、アルタ前の抗議のあと安倍はテレビにでないようになったし、秋葉原の選挙演説で「安倍辞めろ」のチャントで「こんなひとたちにまけるわけにはいかない」と反応した後整備された場所でしか街頭演説をしないようになったし、国会の出席時間がワースト2になったし(ワースト1は2カ月で辞任した宇野首相)。
 2018年1月では当面の目標は安倍・自民党のもとで「憲法改正」阻止であり、短中期では安倍・自民党政権を終わらせることである。そのさきには、民主主義と自由主義(の折り合いは難しいけど)の実行と、公正の実現かな。射程は長いそこに行く方法(の一部)がここに示されていて、とても参考になった。
 ただあまりに専門的で、詳しい知識を要求されるので、読書の壁が厚い。ここは20世紀以前の分析を数ページに要約し、思想家の紹介や分析はバサッと削り、「3.11」とそれ以後にフォーカスした薄い本をつくるべきではないかしら。