odd_hatchの読書ノート

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黒川博行「破門」(角川文庫) 21世紀の長期停滞・不況のせいでノワール小説はせちがらくなっている。

 中年の建設コンサルタントがいる。新規プロジェクトの際には、土地の買収やら建築会社の人夫手配やらのもめごとがあり、それの解決には大阪という土地柄やくざの力を借りねばならない。そのためやくざと腐れ縁ができ、時々持ち込まれてくる儲け話はいつももめごとになる。今回は、映画出資の話。Vシネマ風の映画を作ろうということになり、やくざの組がフロント企業や個人で出資した。さて、そろそろクランクインか、というころ、プロデューサーが資金ごと失踪する。そこで金を回収するために、やくざは建設コンサルタントを顎で使って、マカオ今治にと、振り回す。いつしか、金の回収は二の次になって、やくざのメンツを守る抗争に発展する。
 とまあ、こんな話(2014年初出)。それにしては文庫版550ページと長い。物語のあいまを埋めるのはカジノにパチンコなどのギャンブル描写。徹夜で励んではすってばかりの顛末。ドスト氏の「賭博者」、 笠井潔「熾天使の夏」(講談社文庫)のようなギャンブルの形而上学的思考でもあれば読みではあるが、ここで報告されるのは収支のみ。やくざが逃げたプロデューサーを執拗に追うのも金。なぜ、それほど人は金に執着するのか、流動性選好をうまく投資に使えないのか、そういう思考もない。
 小説の方法は、奇妙な闖入者に翻弄される語り手というもの。語り手が平凡で常識的であるほど、闖入者の無鉄砲や無軌道が痛快になる。日常に埋没している読者が一時的な憂さ晴らしをするにはいいでしょう。とはいえ、やくざと自営業という組み合わせは原尞のシリーズが先にあって(たぶん先行作品はもっとあるだろう)、原のほうが人物造形はしっかりしていたな。こちらは大阪弁をしゃべるのっぺらぼうみたいだった。
 にしても、21世紀のノワール小説はせちがらくなっているのね。映画の製作で集めた金はたかだか1.5億円。持ち逃げはその半分。その回収のために、複数人が病院送りになっている。バブル時代のエンタメではもっと多額の金で裏社会も動いていたのではないかと思うと、21世紀の長期停滞・不況がもたらしたのはエンタメ小説の貧困でもあるかもしれない。
<参考エントリー>
小林信彦「紳士同盟」(新潮文庫)1978年
天藤真「大誘拐」(創元推理文庫)1978年
板倉俊之「蟻地獄」(新潮文庫) 2012年
川村元気「億男」(文春文庫) 2014年

 21世紀の10年代は、暴力団ややくざが小説のようにはいきがって生きられない。すでに構成員は3万人を切り、解散する団体が続出し、人の指示をよく聞く訓練を受けているので高齢の元構成員は介護施設で働くようになったという報道がある。小説のようにグルメを楽しむなど夢のまた夢になっているのだろうなあ。
暴力団が介護事業に参入しているとの報道もあるので、手放しでよい話とするわけにはいかない。)