odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

高橋和巳「日本の悪霊」(新潮文庫)-1 狡猾な容疑者を中年警官が追いかけるサスペンス巨編。

 高橋和巳の小説は書かれた思想に注目が集まるのだが、本書ではサスペンスに注目。すなわち、とある家に闖入し金品を要求して少額の紙幣を奪取した男がいる。よくある間抜けな強盗事件に思えたが、担当した警官は巧妙な仕掛けではないかと疑う。調べると、彼は8年前の朝鮮戦争時代に武装闘争を目指す革命党派に所属していた。ある町で大地主の金貸しの男が殺害された事件が起こり、数名が逮捕されたが首謀者は逃亡していた。警官はこの間抜けな容疑者(しかし大卒)が小さな事件を起こして収監され、殺人事件の追及を逃れる計画を持っているのではないかと考える。そこで容疑者の過去を洗い出すことにした。


 この小説は1966-68年に書かれている。上のようなストーリーから、水上勉飢餓海峡」や松本清張砂の器」のような社会派ミステリーを思い出す。作家は「悪霊」をタイトルにいれたので、読者はドストエフスキーの小説とのかかわりを見るだろうが、むしろ国産サスペンス小説との関連をみよう。それと同時に、小説の半分は未決囚が収容される警察署内。そこには牢名主がいて、副頭領がいてという序列があり、食事や風呂や暇つぶしの詳細が書かれる。そうすると当時流行っていた「網走番外地」のような監獄映画を思い出す。そういう読者サービスがある小説なのだ。
 さらに続ければ、容疑者を追いかける中年警官の経歴に注目しよう。昭和一桁生まれで、戦時中に大学入学をしているときに学徒出陣になる。彼は特攻兵に選抜され飛行機操縦の特訓を受けた(というのは史実に合わないのではないか。学徒動員兵が飛行機操縦できる飛行機学校には入れないでしょう)。勘が鋭いので練習機や特攻機の不調(整備ミスや燃料入れ忘れ)を見分け、出撃することなく敗戦を迎えた。この経歴も当時の侠客映画によくある(というか鶴田浩二の経歴がそうだったはず)。軍隊経験のある学生は無条件で復学できるのであるが(これは聞いたことがない)、彼は学問への意欲を失い、警官に応募したのである。
 ただ読書中困ったことは、この独身中年警官が容疑者の元学生の過去を暴きたい動機がよくわからないこと。警察の上位下達関係で捜査の優先順位をつけることはできないのに、休日や休暇に容疑者の関係者を訪ね歩いたりする。物語の途中で昇進試験に合格したので、上司が関心を持たない事件を追いかけなくとも、出世の可能性は開いているのだ。そのうえ、特攻兵時代に感情や他人への関心を失ったのか、彼は同僚も事件の関係者も、それどころか会う人すべてを軽蔑して、侮蔑し罵倒したい誘惑を持っている。徹底的に他人に無関心な男が他人の行動や過去を捜査するという矛盾。
 一応看取できるのは、どうやらこの街の市政は暴力団とつながっていて、それは警察内部を汚染しているのではないか。というのは、不意に叩きこされて深夜に暴力団建物を立ち入り捜査することになっても、ついさっきまで人がいた気配が残っているに誰もいなかったのだ。極秘情報であり、かつ突然実行したにもかかわらず、暴力団に内通されていた。同様なことが、容疑者の関係した金貸し殺人事件でも起きている。この事件も突発的な実行であったが、すぐに警察に通報があり、数名を残して逮捕できたのだ。

 

高橋和巳「日本の悪霊」

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2024/02/26 高橋和巳「日本の悪霊」(新潮文庫)-2 他人嫌悪のミソジニー男性が革命に失敗し庶民から疎外され、行き場を失う。 1969年に続く