odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

青崎有吾「水族館の殺人」(創元推理文庫) 汚部屋住まいのものぐさが流ちょうなプレゼンを披露する違和感

 2013年に20代半ばの作家が出した長編第2作。

夏休み真っ直中の8月4日、風ヶ丘高校新聞部の面々は、取材先の丸美水族館で驚愕のシーンを目撃。サメが飼育員の男性に食いついている! 警察の捜査で浮かんだ容疑者は11人、しかもそれぞれに強固なアリバイが。袴田刑事は、しかたなく妹の柚乃に連絡を取った。あの駄目人間・裏染天馬を呼び出してもらうために。“若き平成のエラリー・クイーン”が、今度はアリバイ崩しに挑戦。解説=飯城勇三
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488443122

 事件現場は水族館のバックヤード。一般人や観客は立ち入り禁止で、犯行時刻は開園直後で館員たちは仕事で忙しい。というわけで犯人は水族館の関係者11人のなかにいる。消去法で簡単に解決するかと思ったら、全員アリバイがある。それに現場にはいくつもの遺留品や証拠品が残されている。血の付いた足跡、水滴、直前に紛失した前日の飼育記録、画鋲などなど。21世紀のことなので監視カメラが取り付けられ、居合わせた高校生新聞部が現場を撮影した写真もある。しかしどれを照らし合わせても、事件の輪郭がはっきりしない。というわけで、警察は天才高校生に出馬を要請する。事件現場の出入りを許し、関係者の尋問その他の捜査資料を開示した。彼は現場を少しく検分するだけで犯人が分かったといい、「モップとバケツに注意しろ」と捜査陣に言い残す。
 と書いているうちに、これはリアリズムじゃないよなあ、探偵小説のフォーマットを借りたお伽話だよなあ、と醒めてしまった。やはり若者が現実の不条理や過酷さから逃避する先に、日常を少し改変した、読者の物理現実と地続きのお伽の国が必要なのだろう。
 解説にあるように、本書はエラリー・クイーン「フランス白粉の謎」を換骨奪胎。だいたい8割が終わったところに「読者への挑戦」があり、残りは探偵による講義。事件現場に容疑者全員を集め、ホワイトボードに書いた名前から容疑が晴れたものを消していく。最後に一人残ったところで、犯人が観念する。少年時代に読んだスリルとサスペンスの感じを思いだせる・・・。
 といいたいところだが、容疑者の名前を覚えることができなかった。高校生の取材があるというのに、館員たちは角突き合わせたり、冗談を言い交したり、愚痴を言ったり、さぼるところを見せたりする。こういう職場はこの国ではありえない(外部の視線がはいるところではしゃっちょこばる)。くわえて頑固や嫌味や仕事熱心や他者依存などの類型的なキャラを区別できないのだ。それに探偵役は汚部屋の住人で度を越えたものぐさであるはずなのに、解決編では流ちょうにプレゼンをするエリートサラリーマン然となる。キャラの設定がおかしくないか。事件の解決に役立つ遺留品や証拠に探偵一人が気づくのは警察の科学捜査を軽くみている。権威や組織や大人をバカにするしかたが、そうじて子供っぽいんだよな。1930年代初頭(「フランス白粉の謎」他国名シリーズ)には読者の先を行く手法が、ここでは陳腐でやすっぽくなった。
 クイーンはそれまで犯罪小説の現場になってこなかった大衆劇場や百貨店、大病院を舞台にした。それは当時進行中だった文化産業の隆盛、大量消費社会の到来、公共サービスの充実といった社会の変化を発見する新しい見方を作った。では2013年の小説で舞台にした水族館は社会の変化を見出せるような現場になっただろうか。あまり知られていないので経営に難がありそうな古い水族館は衰退して高齢化する日本の象徴であると見ることも可能だろうが、どうも牽強付会にすぎそう。この“若き平成のエラリー・クイーン”はアナクロで後ろ向き。
(では21世紀の最先端の都市であるシンセンやシンガポール、ドバイなどのハイテク都市で殺人事件が起きたとしたら? 新しい探偵小説になれるか。俺にはどうだろうと疑問がわく。これらの権威主義国家では個人の死の原因と責任を追及する強い動機を持っていないように思えるのだ。権力や暴力集団が介入して闇に葬られそうだし、関係者の悲しみも黙殺されそうだ。個人の死を悼み他人の殺人を憎む同情や共感は社会が自由で民主化されていないと生まれない。その意味で探偵小説は自由民主主義が徹底されていることが前提のエンタメなのだろう。21世紀の中国では日本の「新本格」に影響されたミステリがたくさん書かれているという。未読なので、以上の見立てが通用するかは不明。)
 この長編はシリーズになっているらしい。一冊ごとに不可解な事件を解決するのだが、同時に「裏染天馬」なる探偵の家族の秘密が次第に明かされるという物語もある(らしい)。高校生が父と絶縁状態にあるというのだが、その理由はなにか。「カラマーゾフの兄弟」「死霊」のような確執なのか、「ヴァンパイア戦争」のような貴種流離譚なのか、「神狩り」のような「選ばれし者」の覚醒なのか、それとも。新機軸をつくるのはなかなか難しそう。バディ役の年下の女子高生がこの「事件」の探偵役になるんだろうな。

〈参考エントリ〉

odd-hatch.hatenablog.jp

 

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