odd_hatchの読書ノート

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フョードル・ドストエフスキー「二重人格」(岩波文庫)-2 よそよそしいペテルブルクでゴリャートキン氏は分裂する。

2025/02/27 フョードル・ドストエフスキー「二重人格」(岩波文庫)-1 ゴリャートキン氏は目覚めた時から世界と融和していない 1846年の続き


 ラストシーン。前回の読みでは小説のレベルを超えるイベントのようにおもっていたが、それはゴリャートキン氏の精神(というかナラティブ)は「正常」であり、世界が崩壊していったと読んだことによる誤解だった。
 ゴリャートキン氏は役所で路上で奇態狂態を繰り返すため、彼の知らないところで、彼を保護する行動が進んでいた。ゴリャートキン氏は馬車を貸し切りにしてペテルブルグ中を走り回り、舞踏会のあった邸宅に行ったところで捕捉された。役所の人たちが集まったところに誘い込まれ(顔見知りがいれば安心するという判断があったのだろう)、第2章に登場した内科医に保護される(この伏線の回収には恐れ入った。20世紀的な小説の技巧だ)。
 症状が進行するにつれて、ゴリャートキン氏は単に体を動かすだけになる。人がいるところに行こうとし、出会うと逃げ出そうとする。そういう反射行動になると、内話・独り言が消えていく。文章を作る能力が失われて、心と体が調和しなくなっていく。当人の中から「自分」「自我」が喪失していくのだね。そのころには、冒頭で感じた「自分が何者であるかわからない」「まるっきり私じゃない」という自己同一性の違和感は失われている。旧ゴリャートキン氏に敵対する「新ゴリャートキン氏」も遠くに行ってしまって、その他の人物との区別がつかない。こうして世界は薄明に覆われていく。この感覚を読むのは怖い。自分が自分でなくなっていって、自他の区別がなくなり、風景の中に溶け込んでいく。
 この自我崩壊感覚は20世紀後半からのモダンホラーで書かれるようになった。本書でも途中からスティーヴン・キングを読んでいるような気分になったよ。精神が崩壊していく過程を描いた小説は20世紀によくあるのだが、それを1846年で実現しているのが驚異。19世紀の似たような趣向はエドガー・A・ポーの「ウィリアム・ウィルソン」やスティーブンソン「ジキル博士とハイド氏」があるが、描き切ったということではドスト氏の本作のほうが優れていると思った。
 ああそうか、全体は夢野久作ドグラ・マグラ」のネガなのだね(夢野の「私」は世界と融和できる知性の持ち主だが、ゴリャートキン氏は世界を敵対的にみる。ゴリャートキン氏が語り手になっていない時の周囲の人と融和的にふるまえる「新ゴリャートキン氏」が夢野の「私」にあたる)。あるいはPKD「暗闇のスキャナー」。私が私を監視するという異常事態が本作とそっくり。複数の人格に分裂し、人格同士が会話するというのは「VALIS」と同じ。

 

 この小説はペテルブルグを舞台にしているが、とても不思議な都市になっている。たいていうす暗く雨や雪が降り強い風が吹いている。通りがどこに通じているかははっきりしない。歩く人々はよそよそしい。まるで死者が吹きだまる黄泉の町。この小説のペテルブルグに近いのはぶつくさ不平をのべてばかりの語り手が「地下生活者の手記」第2部でうろつく町だ。そこでも人は冷たく愛は成就しがたい。これらを「貧しい人々」「白夜」「罪と罰」のペテルブルクと比較してごらん。まったく別の都市のようではないか。都市の見え方が変わると人が変わる。都市が変化することによって、そこで起こる事件が変わる。
(同時期の「弱い心」「正直な泥棒」が「二重人格(分身)」のペテルブルグに近いか。)
 自他の区分が融解したり、分身を見たり、世界と融和できなくなる「病気」「狂気」はドスト氏のテーマのひとつ。適当に思いだすだけでも、ネルリ(ネリー)、ラスコーリニコフムイシュキン公爵、イワン・カラマーゾフ、「おとなしい女」、「おかしな人間の夢」などがあげられる。世界の向こう側に行ってしまった人物が幸福になれたかどうかは知れないが、こちらに残って彼らを観察すると、ドスト氏が考える幸福やユートピアがどういうものかおぼろげでも想像できる機会になる。
 この第2作は失敗作として評判が悪かった。自分も初読では読みそこなった。ここまで書いたような背景をドスト氏は説明していないためだろう。再読ではドスト氏は「病気」の描写にかけては一級品であることがわかり、ちっとも冗長とおもわなかった。むしろもっと書き込んでほしかった。同時期の初期短編とさまざまなリンクを貼ることができる。この小説をキーにすると、よくわからない初期作品(シベリア流刑前)をまとめる視点がえられそうだ。それに、後期の大小説につながるモチーフや技巧をいろいろ発見できそう。「貧しい人々」よりこちらを取りたい。
 読む前はこんなに高評価になるとは思わなかった。ドスト氏、おみそれいたしました。

〈追記〉
 ゴーゴリ狂人日記1834年を読んだら、主人公や状況がそっくりでした。もちろん因果は逆で、ドスト氏がゴーゴリのアイデアをいただいちゃったのでした。語り手が「狂人」であることをゴーゴリは隠さない(後半になるとスペイン皇帝妄想が進行して日付がめちゃくちゃになるなど)が、ドスト氏は最後まで隠し通す。小説の技法がより複雑になった。

 

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