2013年に単行本がでて、2019年に文庫化。今回は文庫版で読む。まずは版元の紹介文から。

最近、不思議の国に迷い込んだアリスという少女の夢ばかり見る栗栖川亜理(くりすがわあり)。ハンプティ・ダンプティが墜落死する夢を見たある日、亜理の通う大学では玉子(たまご)という綽名(あだな)の研究員が屋上から転落して死亡していた──その後も夢と現実は互いを映し合うように、怪死事件が相次ぐ。そして事件を捜査する三月兎と帽子屋は、最重要容疑者にアリスを名指し……邪悪な夢想と驚愕のトリック! 解説=澤村伊智
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488420147
なるほど、アリスの不思議の国の冒険が現実世界の殺人事件とこんがらがって、夢の事件を解くことが現実の事件を解くことになるのだね。昔、辻真先「アリスの国の殺人」(双葉文庫)があったなあ、その趣向の焼き直しかな。「アリス」をパスティーシュにしたミステリはそれだけでアンソロジーがつくれるほどたくさんあるぞ。
ともあれお手並み拝見としよう。そうすると不思議の国では連続殺人なのが、現実世界では事件性がない事故と処理される。このつながりを説明するアクロバティックな説明が必要になりそうだ。エラリー・クイーン「ダブル・ダブル」(ハヤカワポケットミステリ) のようにできるかしら。それとも、不思議の国のひねくれた論理を使って謎解きをするのかしら。たとえば、 荒巻義雄「エッシャー宇宙の殺人」(中公文庫)のようにするのかね。あー、なるほど、不思議の国のキャラクターは現実の人物の分身の人格である「アーヴァタール」(いまは「アバター」の表記で使われる)になっているという。でも現実のあまりにたくさんの人間のなかから不思議の国とリンクしているものは極端に少ないらしい。となると、不思議の国のキャラが現実の誰とリンクしているのかがわかればなぞは解けるな。クレメント「20億の針」、マガー「探偵は誰だ」の趣向を仕込んでいるのか、ふむふむ。あれ、ちょっとずれてきた。不思議の国の探偵役である帽子屋と三月兎(ウサギは3月に発情期になるから常軌を逸しているとみなされるのだって)が現実世界の探偵役になってあらわれたぞ。どうやらこれはウオシャンスキー監督の「マトリックス」でもあるらしい。というより、自分が虚構のキャラであると認識しているものが自分探しをしているのであって、筒井康隆「虚人たち」(中央公論社)なのか。でも、あれあれ……。
この先の作品構造を解説することがネタバレになるので、記述はここまで。なるほど不思議の国の事件は、夢の国の論理で解決するのであって、読者の物理現実の世界とはちょっと異なる論理。そのうえ科学的捜査は行われないのだが、そうである理由は不思議の国であれば当然である。くわえて謎解きで使われる伏線や証拠は不思議の国にも現実にもあり、絡み合いの緊密なこと。相当の手練れな作家によるものだった。
夢と現実の行き来、それによる混乱というのは冷戦終結後のこの30年くらいに流行っているテーマ(そりゃ荘子の胡蝶の夢や浦島太郎や杜子春のようなのもあるけどさ)。夢が現実を侵食するとか、現実と夢の境がわからないとか、自分が現実なのか誰かの夢のキャラなのかわからないとか、さまざまな変奏が試みられている。本書に至ると、その趣向は相当にややこしくなっている。これまではSFがやっていたのを、ミステリで試みたのが慧眼。とても困難な試みだと思うが、よくやった。
(アニメにしてもいいのじゃない。「うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー」や「パプリカ」みたいになるぞ。)
あいにく最後に明らかになる大きな謎はかなり早い時期にわかったので、してやられたという感はなかった。というのは、「不思議の国のアリス」の殺人事件という趣向はこの国の高名な探偵小説に先例があり、その構造を思い出すことで、気付いたのだった。もちろんこのエントリーにその作品名は上げないが、ブログには登場済み。こういうブッキッシュな感興を誘い出したことで、記憶に残る作品になった。なるほどこういうやり方なら本格探偵小説は生き残るのだ。
(かわりに犯人あてには失敗。あと探偵はだれかという趣向もあるので未読の人は挑戦してみては。ただし、グロ描写はじいさんにはちょっときつかった。)
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2025/03/18 小林泰三「クララ殺し」(創元推理文庫) その名を上げるとネタバレになりかねないという本に関するミステリー。 2016年に続く