2025/04/7 泡坂妻夫「亜愛一郎の狼狽」(創元推理文庫) 昭和40年代以降の地方の大規模開発でできた施設で起きた不可思議犯罪の数々。 1978年の続き
博物学の写真家・亜愛一郎の探偵譚シリーズ第2巻。初出は1982年。なので、時代背景が21世紀とは異なるので、「ヨギ・ガンジー」シリーズと同じように注意してください。たとえば「砂蛾家の消失」はあの時代でないと成り立たない(スマホで連絡するとか地図を見るとかができない)とか。あと、ミソジニーが強い時代なので、女性への偏見や差別意識がでてきます。書き直したほうがいいと思うが(謎解きには影響はない)、著者は故人。古い作品は寛容をもってみましょう。これから書く人は真似しないように。

完璧な写実性で注目された画家の絵の中に見出される数々の不思議――手の指が六本ある少女、針の間違っている時計、開けられないドアなどは何を意味するのか? さらに一夜にして忽然と消失した合掌造りの家、タクシーの後部座席に突然出現した死体……等々、ちょっとした不合理から思いもかけぬ結論を導き出す亜愛一郎。快調の第二弾。解説=田中芳樹
https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488402150
藁の猫 ・・・ 自殺した画家の遺作展。それを見ていた亜は上のサマリーのような瑕疵を見つける。画家は完璧を標榜していたのに。彼はある女優をモデルに代表作を書いたが、その直後に自殺した。それから7年後、愛人と本人が相次いで自殺した。亜は推理する。ロマン主義そのもののような動機。福永武彦の短編のミステリ版のよう(なのでとても不自然)。
砂蛾家の消失 ・・・ 山間で鉄道事故にあい、復旧するのがいつなのかわからないので、3人で山越えをすることにした。道に迷ってある農家に宿をとる。窓が釘付けされていたので、こっそり覗くと合掌つくりの家が見えた。目を覚ますと、家が消えている。何が起きたのか。バス停まで4kmの山間の一軒家に中年男が住んでいる最後の時代(1980年代)。
珠洲子の装い ・・・ 飛行機DL4号機が墜落し、若いアイドル歌手が死亡した。直後に人気がでて、今日はアイドル歌手そっくりさん大会が行われる。優勝者は芸能界デビューできる。
意外な遺骸 ・・・ ある山間の温泉地。狩猟ができる土地で、散弾で撃たれ、ゆでられ、焼かれ、木の葉をかけられた死体が見つかった。「あんたがさどこさ」とそっくりにした理由は? 日本人が海外旅行にでかけられるようになったため起きた事件(発表当時は1ドル=180円くらい)。
ねじれた帽子 ・・・ 似合わない帽子をかぶっている紳士、行く先々でろくにサイズも確認しないで帽子を買っていく。なんで? 若者の暴走族が全国各地にあった時代。まあ、単車の免許を取得でき、ちょっとアルバイトをすれば買えたからねえ。
争う四巨頭 ・・・ 仕事一筋だった警官が退職し無聊をかこつ間に料理に凝りだす。同じ小学校をでた今は財界の4人の巨頭、離れで密談を繰り返す。金貨、孫子の本、おみくじ、馬、車。ひとりの孫娘がなにかたくらんでいるのではないかと疑いだす。チェスタトンの短編、クイーンの長編にあるたがいに関係のなさそうな脈絡のない手がかりから事件を推測する。
三郎町路上 ・・・ 深夜タクシーに乗った乗客が降りて5分後、別の客が乗ったら、中に死体があった。その間に乗り降りしたものはいないし、タクシーの中に死体を隠せる場所はない。後日、現場にいったら近くの地下のスナックにコンクリートが流されるというイタズラが起きていた。動く死体の謎。
病人に刃物 ・・・ 外科の入院病院。リハビリ中の患者が団らんしているとき、花壇の向こうで一人が倒れた。なかなか起き上がらないので近くに行くと、ナイフで刺されている。医者と看護婦がすぐさま呼ばれるが絶命してしまった。周囲に人はいなかったのにどうやって? ぼんくらなおいらは「曲がった蝶番」かと思ってしまった。間違ってました。
ちょっと「普通」と違った名探偵が、さまざまな不可能犯罪を論理的合理的な説明で解決していく。茫洋とした行動を取るので、周囲の人はあっけにとられる。謎の解決にはほど遠そうな不思議なふるまいをする。でも、あるとき彼の聡明さは普通の人や警官が思いもつかなかったようなところに着目して、みごとに謎を解く。日本の探偵小説ではここまで論理性・合理性にこだわった作品はなかなかない。なので珍重されている。
ここでは書き方に注目。通常こういう名探偵を作ると、彼または彼の引き立て役の視点で物語られる。多くの名探偵ものはこういう書き方。でも、亜愛一郎(「名探偵図鑑」みたいなのができたとき、アルファベット順でもアイウエオ順でも最初に載るようにこの名前にしたのだって)ものではちょっと違った書き方。物語の視点は事件の関係者。ときに容疑者になることもあるが、たいていはその場に居合わせた人。事件に遭遇したことも捜査したこともないので、動転している気分で物語ることになる。なので不可解さは彼/彼女の語りのうちにおのずと浮かび上がってくる。探偵は脇役でほとんどめだたない。でも最後には座をかっさらってしまう。よくあるホームズ-ワトソン関係がないところで探偵小説を書く。この書き方は一時期はモダンだった。このくにでは最初にやったのはたぶん坂口安吾(「明治開化安吾捕物帖」)。安吾の実験から30年もたつと技術はずっとあがりました。安吾作で感じた不満は亜愛一郎ものではかんじない。達者になりました。
でも、と思ってしまうのは、亜愛一郎ものの前に都筑道夫の「キリオン・スレイ」や「なめくじ長屋」があるから。これらも不可能犯罪を論理的合理的に解いていく。趣向と意志は同じ。なのに、亜愛一郎ものと都筑道夫の諸作とでは読後の印象が全然異なる。それは主役の探偵への関心が残るか否かにありそう。キリオン・スレイやセンセーだと、彼らのキャラをもっと知りたくなる。それにこたえるように、作者はキャラの背景を書く(簡潔に、繰り返して)。それが彼らのシリーズを読み続ける関心や興味になった。でも、泡坂のキャラだとそういう関心や興味が起こらない。亜愛一郎もヨギ・ガンジーでも。ここらがエンタメ小説の難しいところ。不可能犯罪の謎が合理的に説明されて、読者を唖然とさせても、それだけでは読書の興味が続くわけではない。小説を完結させるには謎解きの先が必要。
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2025/04/03 泡坂妻夫「亜愛一郎の逃亡」(創元推理文庫) 解決編には感心したのだが、読後の印象はそれほどよくない。 1984年に続く