odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

泡坂妻夫「亜愛一郎の逃亡」(創元推理文庫) 解決編には感心したのだが、読後の印象はそれほどよくない。

2025/04/7 泡坂妻夫「亜愛一郎の狼狽」(創元推理文庫) 昭和40年代以降の地方の大規模開発でできた施設で起きた不可思議犯罪の数々。 1978年
2025/04/04 泡坂妻夫「亜愛一郎の転倒」(創元推理文庫) 不可能犯罪の謎が解明されただけでは小説は完結しない。 1982年の続き

 

 博物学専門のカメラマン・亜愛一郎の探偵譚第三作。これで打ち止め。最後の「逃亡」でほんとうに手の届かないところに行ってしまいました。亜というキャラの行動性向(ぼんやりしているとか、運動が鈍いとか、正義の実行には躊躇がないとか)の理由も明らかになる。読者のまわりにはいそうにないドジなキャラに親近感を覚えるのだが、それも計算されてのことなのね。作者はどこにも手抜きがないです。

完璧な密室状態の丸いカプセルの中に、前頭部に打撲傷、背中に突き傷を負った男の死体が……。ネス湖の怪獣よろしく、北海道の湖に現われたという双頭の蛸を取材するために駆けつけた記者の目前で起こる殺人事件……等々、一見何気ない事件の陰に潜む作為を嗅ぎ取って真相を言い当てる亜愛一郎。シリーズ掉尾を飾る傑作。さらば名探偵! 解説=我孫子武丸
https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488402167

赤島砂上 ・・・ 瀬戸内海の無人島を借り切ってヌーディストクラブを作った。そこにある男が小型船で乗り付け、ある女性を誘拐していくという。しかし亜によって抑えられてしまった。ある女性が警察に連れていこうというのを、亜は止めた。なぜ? サマリーにするとなに言ってるのかわからないが、しっかり読むとチェスタトン風の機智で書かれたしゃれた一遍。「しあわせの書」の先駆。

球形の楽園 ・・・ 田舎の山の中で金持ちが大邸宅を工事中。コンクリのカプセルをつくらせていたが、できたらひとりでこもってしまった。窒息して死んでしまうというので、警察を呼んで扉を爆破すると、なかで他殺死体が見つかった。ノックス「「密室の行者」とチェスタトン「神の鉄槌」のアマルガム

歯痛の思い出 ・・・ 「上岡菊彦」を「上岡菊けこ(かきくけこ)」と間違えるギャグが繰り返される。歯科大学で抜歯の手術を受けているとき、奇妙な男が酒を飲んで暴れる。そのあと亜はもうひとりの患者(警察官)に奇妙なことをいいだす。レーンが被害者の握った砂糖から麻薬を連想するのと同じくらいに牽強付会な推理でした。

双頭の蛸 ・・・ タイトルのUMA(という言葉は当時はなかった)の調査で北海道のある湖に取材にいった。ダイバーを潜らそうとすると、一発の銃声が聞こえる。それは熊よけで小学校が管理しているもの。ボートに乗っていたダイバーが射殺された。銃に指紋が残っていたものが容疑者になったが、亜は別のものだという。意外な犯人、なんだが、その説明をすると種明かしになってしまう。秘密の日記に書いておこう。

飯鉢山山腹 ・・・ 化石採集のために岩山で撮影していると、二台の車が通りすぎていった。一台の行方がわからない。その後、高利貸しの車ががけ崩れに巻き込まれているのが見つかった。亜は通り過ぎた車の車体に書かれた文字が奇妙なところから事件の真相を見つける。

赤の讃歌 ・・・ 高名でやりての画家が死んだ。なぜ彼は強い赤色の画風に至ったのか。過去には母が事故死、弟が自死するという経歴がある。ロマンティシズムそのものの動機で、リアルではない。福永武彦の小説に近い。

火事酒屋 ・・・ 酒屋の旦那は火事と聞くとすぐに現場に行ってしまう。気が気でない妻があとを追いかけると、旦那は火事の家をめぐって出て来いと叫んでいる。そのあと消防士が倒れていたので病院に連れて行った。戻ると現場はごったがえし、旦那を見失う。後日旦那は付け火の容疑で事情聴取された。亜は見かけたがいない人を思いだす。チェスタトン風のトリック。それを隠すためにさまざまなレッドへリングをまく作者の技を楽しもう。

亜愛一郎の逃亡 ・・・ 大雪が降ったホテル。亜と連れ合いの先生は前日の地震が怖くて、離れに部屋をとってもらった。ふたたび大雪が降った夜、離れに人はいない。人魂のような明かりがみえ、離れの周囲に足跡はない。どうやって人は消えたのか。

 

 ありえないできごと、普通に考えると誰にもできないことがある。それを亜は合理的に説明していく。聞くものは半信半疑であっても、途中からはあまりの単純なやりかたで可能であることがわかって愕然とする。こういう論理と合理が貫徹した探偵小説はこの国には珍しいので、珍重することになる。
(科学捜査をすればそのトリックは成り立たないというのが散見されるが、そこは辺地で警察もなかなか到着できないうちに謎解きすることで回避している。)
 解決編には感心したのだが、読後の印象はそれほどよくない。1980年代のミソジニーと家父長制が21世紀にはあわない。たとえば夫婦がでてきたときにたいてい妻は判断を誤っているし、夫の暴走をたしなめる妻はバカにされる。酒を飲めないものに強要したりする。退職後に料理を楽しむ男に、女は料理する姿より仕事する姿の方がよいという。あの時代には問題にならなかったところが、今となってはひっかかりまくる。それは天藤真にもあったが、天藤には家父長制や障害者差別に怒る視点があった。この作者にはそれがない。なのでこの人の本は探して読もうというきにはなれないな。小説はうまいのに、姿勢があわないのだ。福永武彦筒井康隆といっしょ。

 

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