これより「ゴーメンガースト」三部作が始まる。「ゴーメンガースト」とはどれほど昔ともわからぬ古に誰が定めたとも知れぬ、城の外に住むものが城のなかに住むものにする挨拶である。これを言っても何もわからぬであろうが、グローン家が代々住むゴーメンガースト城には、二年に一度武器庫を開ける儀式があり、そのつど三日月の印を主が彫り付ける。その数、七百三十七個。すなわち少なくとも千四百七十四年も続く神聖な城なのである。

いつとは知れぬ時の,いずことも知れぬ地にその城はあった。重苦しく巨大な石の集積物,奇矯な人間たちが蠢く〈石の迷宮ゴーメンガースト。七十六代の永きにわたって城を治めるはグローン伯爵家。笠貝のごとくびっしりと城を取り巻くは〈外〉の民のあばら屋の群れ。これが世界の総てであった。そして今,七十七代城主が孤々(ここ)の産声を上げた。董色の瞳を持ったこの男児の名はタイタス……昏(くら)く異形の叙事詩がまさに始まろうとしている!言語の魔力が空間を満たし尽くす比類なきアダルト・ファンタジー、〈ゴーメンガースト〉三部作いよいよ開幕!
(裏表紙のサマリー)
住まうのは長き伯爵家の伝統と掟を忠実かつ厳粛に守る伯爵家と代々直接使える召使たち、そして〈外〉の住民のみ。なにしろ伯爵家の伝統と掟はきわめて微細であり、分単位で行われるのであり、その全貌を知るものはたった一人の書庫長のみ。なぜその伝統を継続するかの理由はすでに失われ、単に継続すること自身が目的になっている。権威にみな従うものの、すでに1500年近くも続くとなると、誰もが飽き飽きしている。城内には埃と泥が積もっているように、中にいるものたちは憂鬱と倦怠の押しつぶされているのだ。楽しんで笑うものは一人としておらず、冷笑ばかりがあり、無表情の裏には嫉妬と憎悪が入り乱れているのである。そのようなデカダンスにある人たちをみてみよう。
〈グローン家〉
セパルクレイヴ: 76代城主。抽象的思考を好む憂鬱な伯爵。50歳。
ガートルード: セパルグレイブの妻。白猫と鳥と遊ぶ巨躯の妃。人嫌い。
フューシャ: セパルグレイブとガートルードの娘。15歳。反抗期で孤独を好む空想家。
コーラとクラリス姉妹: セパルグレイブの双子の姉。兄と結婚したガートルードに嫉妬。
タイタス: 77代城主を宿命付けられた新生児。本書終了時で二歳。
〈召使たち〉
サワダスト: 書庫長。90歳。グローン家の儀式を指図する老人。
バーケンティン: サワダストの息子。下肢に障害があり松葉杖を使用。長年引きこもっていたが、サワダストの死後儀式の指図をする。癇癪持ち。
フレイ: セパルグレイブの従僕。料理長を憎悪する。
スウェルター: 粗野で大酒のみの巨躯な料理長。フレイを憎悪。
プルーンスクワラー: 医師。皮肉屋。妹イルマと同居。
スラグ: グローン家に長年使える乳母。69歳。タイタスの子育てを命じられる。
スティアパイク: 17歳の少年。スウェルターのいびりから逃げ、舌先三寸でゴーメンガースト城の権力を握ろうと策略を凝らす。
〈外の人〉
ケダ: 夫と乳児をなくしたばかりの22歳。スラグが乳母を求めていたのに応じて城に入る。二人の若者が彼女を恋している。
わかるように、ここには老人と子供だけしかいない(20世紀後半以降の健康な長寿を迎えている人はいない。50歳は人生の終着を見据える年であり、60歳を超えると疲れ切りしなびきった老人なのである)。壮年期の人がいないのは、今いる老人たちは子を残さなかったから。生産と豊穣は失われているのだ。人びとは孤立しアトム化している。そうなるのは、城が広すぎ儀式が多すぎ団らんがないことによるが、むしろ強固な身分制が共感を産まないことにありそう。城は権威と権力をもっていても、人びとに対する義務に欠けている。それを弾劾する人びとがいないのが、参加と共感の機会を失わせている。
その結果、キャラはみな狷介な性格の持主ばかりとなる。でも、彼らが類型に押し込められないのは、作者の文体と饒舌なしゃべりにあるのだろう。解説(荒俣宏)はディケンズとの親近性を指摘している。俺からすると、19世紀の英国文学(ディケンズにくわえ、コリンズやドイルやウィリアムソン夫人、フィルポッツら)の系譜につながるのだと納得する。上にあげたようにどの一人として友人にも知り合いにもなりたくないような人たち。でも作者マーヴィン・ピークの筆を通した途端に、目が離せない気になるキャラとして立ち現れる。
「セパルクレイヴ卿も遠い昔には、天童に目を留めたであろう。子供の頃には一度ならず数えてみようと試承たことだろう。父親がかつてしたように、またタイタスがいずれ試みるであろうように。だがそうとしてもグローン伯は、もう何年も古い大空に目を上げていなかった。今も周囲を見回しさえしなかった。この場所を愛せる筈があろうか?卿はここの一部なのだ。これ以外の世界など想像できなかった、がまた、ゴーメンガーストを愛するなどと考えただけで動転しただろう。卿に先祖代々の家屋敷に対する気持ちを問うことは、人に当人の手や喉に対する気持ちを問うのと変わらない。(P82)」
セパルグレイヴ卿が登場するシーン。彼の重厚さと孤独と憂鬱がはっきりわかる。
こういう描写は英国文学の伝統。でも、ドストエフスキーの深みやエドガー・A・ポーの霊的気分はない。表層をここまで書ける文体だからこそ。引っかかりがなく、読者を考えさせないので、長大ではありながら本書は読みやすい。
なので、この圧巻のアダルト・ファンタジーはストーリーよりも文体を楽しむべし。
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2026/02/27 マーヴィン・ピーク「タイタス・グローン」(創元推理文庫)-2 折檻される少年は頭脳と舌先三寸で権力を奪取しようとし、77代当主になるべく運命付けられた幼児は権威の象徴を湖に捨てる。 1948年に続く