「徒然草」をものすごい勢いで読み、独りよがりの妄想を書いた。それではダメなので、ちゃんとした啓蒙書を読む。小川剛生の本は「徒然草」を同時代資料を基にして読むというもの。川平敏文の本は列島に住む人はどのように「徒然草」を読んできたかを検証するもの。放送大学の「方丈記と徒然草」講義も江戸時代にどのように読んできたかをみていた(なので本書に登場する江戸時代の儒学者、漢学者、国学者の名はすこしなじみがあった)。

「徒然草」の受容史をもう一度見直す。兼好は14世紀に「徒然草」を書いた。実用的なもの、学術的なもの、身辺雑記なものなど文体も内容もごった。15~16世紀は「平易な有職故実の書」として、主に公家に参照された。17世紀になると漢学者が「徒然草」の現実主義や合理的思考に注目する(そのころ伝わった朱子学の影響があるらしい)。「道」を講じるために「徒然草」と「太平記」が読まれた。注釈書、パロディ、模倣書など多数が作られる。18世紀になると「偽りの古典」とされて研究されなくなる。読まれはしたが熱狂はしない。明治20年以降から国文学研究で取り上げられる(学制が整備されたとか、文部省が修養も大事といったせいか、国体思想教育が浸透したせいとかいろんな理由を思い付く)。思想性をみなくなって、文学的な多様性を評価。戦前昭和期には兼好を芸術家・批評家として読む(小林秀雄など)。戦後は兼好を普通の人間とみるようになる。

(徒然草 小林秀雄評)
評価が揺れ動くのは、兼好の人となりがほとんど知られていないこと。小川剛生「兼好法師 徒然草に記されなかった真実」(中公新書)がでるまでは、江戸時代に捏造された経歴がずっと真実と思われていた。兼好のテキストの語彙を「現代的」に解釈してしまった。たとえば中世では「遁世」は世を捨てることではない。公家や武士には積極的な意味があった(江戸以降の儒学者、漢学者、国学者は出家遁世を否定的に見たので、その解釈がいまに影響を残している)。たぶん「無常」もそう。死ぬことに全面的に否定的であるわけではなく、死ぬべき運命にある人間の生を肯定する意味も含んでいる(はず)。
戦後の国語教育で古文の教材として「徒然草」をつかう。ことにその序。ここの「つれづれ」を今日的に解釈するので、
兼好は「世の無常を悟り、人生を達観している人」
とみなすようになる。でも「つれづれ」は古代から現代までいろいろな使われ方をした。ある程度の幅におさまるとはいえ、「つれづれ」は退屈という意味以外に、寂寥も意味していた。寂寥は孤独のような否定的な意味では解釈されず、内省や観照ができる積極的な意味も持っていた。なので、冒頭の「つれづれなるままに」を手持ち無沙汰、所在なさとみるのは一方的なのだ。
「『徒然草』は、上は公家から下は庶民にいたるまでのさまざまな社会的身分、儒教・仏教・道教というさまざまな思想的立場、そういった幅広い聴衆に対応でき、内容も教訓性・実用性・文学性などバラエティに富んでいる。まことに優秀なテキストなのであった。」
「徒然草」のテキストの多様性は、評者・読者が自分のみたいものをいかようにでもみることができる。もっとも噴飯な評価は小林秀雄のものだと思う(上掲画像)。とはいえ人のことを言えないのは、俺も自分のみたい像を「徒然草」に押し付けているから。参考書を読まずに感想を書いたときは「おっ、斬新な解釈」とほくそ笑んだけど、本書を読むと17世紀の人たちに似た解釈でした。日のもとに新しきものなし。
その17世紀の江戸時代。武士や町人の知識欲が増えて、「徒然草」の講釈師が生まれた。数十人集めた会堂で講釈師は「徒然草」を引用し、その解釈を講じたのだった。すべての人が文字を読めたわけではないので、他人が読むのを聞くことで勉強したのだ。おもしろいのは、講釈師のための教本があり、講釈を成功するためのテクニックを教えていた。天候、集まり具合、聴衆の年齢や性別などを把握しろ。受けるように章段を選択しろ。高齢男性と若年女性では説明するポイントを変えろ、など。なるほどなあ。こういうのが受けたから、幕末明治のころに講談や落語などの口誦芸能が生まれたのだろう。
本書では重視しているが、江戸時代以前の文書は音読されるのが普通。それを大勢が聞くのがあたりまえだった。孤独に自分のためにだけ書き、そこにしか表現しない感情や思想というのはない。常にだれかに読まれることを意識している。そういうつもりで古典や古文書は読まないといけない。
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