10年ぶりの再読。前回の感想は下記。

この前は「総力戦」の様相を読み取ったけど、今回は植民地国家による侵略戦争、民族浄化戦争とみた。なにしろ、2022年に始まったロシアによるウクライナ侵略、2024年に始まったイスラエルによるガザ破壊がまさにこのような有様になっているから。日本のフィクションでは侵略戦争は侵略する側から描かれるけど、侵略される側から見ることはほとんどない。19世紀の終わりにこのような描写ができるのは珍しい(とはいえ、普仏戦争とパリ占領の経験は反映しているだろうが)。
なにしろ火星人の侵略はその兆候があったとはいえ、ブリテンの人びとにとっては寝耳に水のこと。突然、飛行機械がやってきて、熱戦で大地を焼き尽くし、有毒ガスを出して生き物を殺す。火星の植物を移植して、テラフォーミング(ということばは出てこない)を開始する。人びとを吸血するためにさらい虐殺して死体を捨てる。彼等は一切のメッセージをださないので、なぜ侵略するのか破壊するのかは推測するしかない。意思疎通の可能性がない「悪魔」のような存在なのだ。この活動はまさに上記の侵略を行っているロシアやイスラエルと同じ。でも発表した1898年をみれば、イギリスがまさに植民地で行っている侵略行為にほかならない。南アでボーア戦争を行い、イギリスはたぶん世界初の虐殺収容所を作り、ジェノサイドを実行した。その経験が裏返しになってブリテンが襲われていると想像している。
現実のボーア戦争でも、フィクションの「宇宙戦争」でも人種差別や民族差別が根底にある。語り手の視線では火星人は「恐怖」「非人間的な不具の怪物」「茶色の皮膚」「不快」「醜い」とされる。皮膚と外見に恐怖が由来するというのは、外国人恐怖の反映に他ならない。語り手にある差別心はほかにもあるので、彼の恐怖に共感するのは危険だ。
では侵略される側はどうか。作者ウェルズによるとどうも悲観的。一方的な破壊と虐殺が行われパニックになるのは当然。でも、最初のショックが通り過ぎた後、イギリス人が起こすのは略奪と他人の妨害ばかりとなる。乏しい食料や水を奪い合い、馬車が人を曳く。組織化して集団で対応しようとしないし、国際協力もない。それこそホッブスの「自然状態」が戻ったかのよう。パニックに襲われた人々は知性を失う。その典型が「私」と同行することになった牧師補。彼はぶつくさつぶやき、感情を爆発させ、陰気にこもったりする。語り手「私」は彼をさげすむが、牧師補の姿は「タイム・マシン」「モロー博士の島」に出てくるような未来人や人工人間と同じく、人間が退化した姿。牧師補の末裔が彼等であり、「宇宙戦争」は人類退化の端緒になったのだ。
そうみるのは語り手「私」が孤独好きでコミュニケーションに欠けるせいかしら。ほぼ一か月近くの逃避行の最中、彼は人とほとんど出会わない。他人に無関心で、冷笑的。個人行動をとるだけで、集団行動に関与しない(武装グループを作って独立しようという兵隊の誘いにものらない)。このような人間が見る光景からでは、侵略者の殺戮を人類の敗北で限界を露呈したものと総括するのも無理はない。彼は終末を見てしまって、その先を考える力も知性もないのだ。なので、ハッピーエンドに終わったあと、この人たちは再建ができるか。牧師補と同じように、「私」は人類の道徳的退廃を嘆くだけになりそう。他人が築いたものにフリーライドして文句を言ってばかりなのではないか。
「宇宙戦争」は19世紀のイギリス帝国による植民地侵略を描いたもの。それに対抗する意欲を失わせるような主張。外国人恐怖と病原菌恐怖がもとにある。それは同時代のストーカー「吸血鬼ドラキュラ」と同じ構造にある。でもウェルズのほうがより露骨に表現されている。「宇宙戦争」は幽霊ハンターがいない吸血鬼恐怖小説。西洋文明は退化しつつあるので脅威に抵抗できない。
それでも地球人は負けなかった。逃げ回っているうちに、病原菌が敵をせん滅した。この病原菌をどうみるか。ふだんは人間に害悪をなすものであるのに、外敵にたいしては寄生主の役に立つように働く。自発的に。俺からすると、植民地でこき使われている先住民かな。宗主国で戦争があると動員され、宗主国のためにひどい目にあい時に戦死してしまう。安っぽい命。そういうアレゴリーを見た。ウェルズは資本主義と植民地を負けないように描く。
というようなことを考えたが、21世紀の20年代にはウクライナやガザがまさに「宇宙戦争」のような一方的な侵略を受けている。人間の血を求める侵略者によって、容赦なく人が殺されている。これは1944年末から翌年にかけての日本で起きたことでもある。そして大日本帝国の軍隊が中国、朝鮮、満州から太平洋諸島と周辺国に対して行ってきたことでもある。これらの侵略では、病原菌のような自然による鉄槌で侵略戦争が終わることはなかった。
ウェルズの想像力はかなり当たっていた(まあ英国の植民地経営で見聞きしていたことなのだが)、現実はそれを上回る侵略と虐殺を実行してしまった。人間の想像力を人間の政治が超えてしまった。
(追記2025/5/29)
アーサー・ラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」1938によると、西洋では17世紀ころから宇宙にはたくさんの惑星があり、そこには生命体が住んでいると考えるようになった。これは天文観測から得られた結論ではなく、古代から続く「存在の大いなる連鎖」とそれから展開される「充満の原理」を厳密に論理展開していったうえでのこと。そして18世紀になると、「宇宙は上から下まで充満していて、 神からバイ菌まであらゆる段階がある。人間はその中間なのだ!」という考えに至る。そうすると、太陽系の惑星(火星だの、木星だの、土星だの)にも生命体がいて、彼らは人間よりも知性に優れ、神に愛されている存在であると考えるようになった。月は空気がないと中世の時から明らかになっていたので、月世界人はいない。この考えを継承しているのが、ウェルズ「宇宙戦争」の火星人。彼らは人間よりもより進化していて、人間よりも知性に優れている。ウェルズの悲観的な進化論によって、進化によって肉体は衰退している。そのような人間よりも優れた生命体に侵略されたが、彼らが人間よりも劣る低位にあるバイ菌によって滅びた。地球内の生物のなかでは人間優位という思想は強固だった。そこに、火星人よりもバイ菌よりも人間は劣るのだ、とウェルズは主張する。人間それ自体では、なんの力も持たないのだ、と。
ウェルズの時代にはダーウィニズムによって「存在の大いなる連鎖」という思想は廃れていたが、こんなところに残っていた。ただウェルズの小説をみると、彼は「存在の大いなる連鎖」をそのまま提唱したのではなく、下位のものが上位に勝つという結末を示したので、底辺に近い人間のほうが上と、連鎖をひっくり返そうとしたのかも。
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