万葉集読み第二弾。山部赤人、大伴旅人、額田王の計約100首を読む。それぞれ下のリンク先から取得。
柿本人麻呂歌集を読んだときに思ったことを変更しないといけなさそう。俺の見立てだと、万葉集の歌にはいくつかの種類がある。
1.神への奉納歌: 大伴旅人の長歌など。特定の場所(山、浦、津など)であたりを見回し、神の徴を讃美する。天の下に山がくっきり姿を現し、雲や白雲がたなびいている。どこも神のいる場所あるいは神の道。それらが見えるのは下々の人びとには恩寵である。これからもずっと吉兆を徴てくださいという感謝と祈願。
2.神に憑依して神の威を讃美: たとえば柿本人麻呂のこの歌。
我が衣 色取り染めむ 味酒 三室の山は 黄葉しにけり(第7巻1094番歌)
三室の山を黄葉させたのは神が着ている衣。衣の色を取って山の木々をその色に染めた。神はすばらしいという感謝。こういう歌では「我」は詠み人ではなく、神のこと。
3.神への忖度: 神は男女一体になって一所にいることを望まれる。そのために神は人びとのところに降りてくる。でもつねに通りやすくなっているわけではない。露で湿っていたり花がしおれていたり雪がふっていたり。宿が準備できなかったり。神はひとり寝を辛抱しなければならない。
都なる 荒れたる家に ひとり寝ば 旅にまさりて 苦しかるべし(山部赤人、第3巻440番歌)
と神が不遇な目にあっていることを嘆く。神が不遇であるのは人びとの準備が足りないからであって、人びとは機嫌を損ねないように神の気分をおもんばかり、神が嘆く前に先んじて嘆く。そしてなんとかするので早く来てくださいとお願いする。
俺が思うには、古代(奈良時代末期、8世紀)の人びとの言葉や感情を現代風に読んではいけない。自他の区分が明確になっているとも思えない。歌は声を出して読んだものを聞く。歌は神道の重要な行為。その点を考慮すると、「我」「君」「妹」を明確に区分するのは難しい。「我」は読み手だったり憑依した神だったりし、「君」は神だったり天皇だったり。「妹」だって女性であるわけではなく、「我」が憑依した神であったら「妹」が読み手に代表される人間であったりするのだ。
遠くありて 雲居に見ゆる 妹が家に 早く至らむ 歩め黒駒(柿本人麻呂、第7巻1271番歌)
俺からすると、主体(黒馬に歩めと命じる者)は神であり、向かう「妹が家」は人が用意した神の家。神がこうやって早くいこうとしているのだから、人はしっかり準備せよと思うのだろう。
そんな具合に多くの歌は人と神の応答なのだ。自然讃歌や人間の男女の恋愛歌ではない。神道の神がたいていの歌にいて、人は和歌で神と応答していた。神の意を図ったり、神に祈願したり。この世のことにみせかけて、神と応答していた。万葉集は神との交信記録(人間の側からの一方的なものだけだが)
でもこのような神との応答はこの時代だけ。わずか200~300年すぎた古今集以降にはもう神との交信はない(はず)。
とはいえ全部がそうというわけではない。大伴旅人は第3巻335番歌から358番歌まで酒を飲む楽しさを歌う。これは歌を披露する宴や行事で、座を盛り上げる座興なのだろう。ときに中国古典の引用もあって(死んだら酒壺になりたいという歌)、貴族たちを笑わせたのではないかな。
続けて、山上憶良と大伴家持も読んだが、こちらは月並み。この後の列島に住む人々が景色を見て何を美しいと思うか、幽玄と、わびと、おかしと思うかのパターンがこの二人の歌に全部はいっている。それらを陳腐な情景と感興の言葉でつないでいく。恋愛も妹が恋しいかとか遠くにいて寂しいとかひとり寝がつらいとかの繰り言ばかり。直接「そなたはこのように美しい」と感情表現をすることがない。奥ゆかしいとみたいところだが、恋愛表現を相手に直接しないのは将来の不和やすれ違いの原因だぞ(とはいえ、中世以降になると恋愛を歌にすることがなくなってしまう。俺は武士道のせいとみている。恋愛を歌える古代のほうがまだよかった)。そんなこんなで、二人の歌には詩的感興を全然感じなかった。後の世の歌はこの二人の歌の模倣を繰り返しているだけみたい。
記憶するべき詩人は人麻呂、赤人、旅人くらい。あとはぽつぽつといるワンヒットワンダーを抑えればいい、って感じ。
およそ専門家の読み方とはまったく違う「独自研究」なので、真に受けないように。
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