odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

エドガー・A・ポー「催眠術の啓示」(創元推理文庫) 「存在の大いなる連鎖」に基づくポーの宇宙と霊魂の考え。この延長に「ユリイカ」があるはず。

2026/05/07 エドガー・A・ポー「ゴシック・怪奇短編集」(青空文庫) 不死者アンデッド、分身、メスメリズムと催眠術。ポーの怪談は多種多様。 の続き

 

 「催眠術の啓示」1844.08を読みたいのだが、青空文庫にはなかったので、創元推理文庫で再読。とてもおもしろい。前回の感想は下記。
エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-3「陥穿と振子」「早まった埋葬」ほか 

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 ここに登場するのは催眠術。もとはメスメリズム。詳しい内容は以下のエントリーを参照。
岡本綺堂「世界怪談名作集2」(青空文庫)-2 怪談は女性嫌悪をあらわにする。(付)メスメリズムについて
 このエントリーでは「宇宙や人体を流れる流体というアイデアは、パラケルスス、キルヒャー、ケプラーやニュートンの引力などに由来するらしい」と書いた。でもラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」を読むと、ポーの「催眠術の啓示」はまさに「存在の鎖」説の紹介であることがわかる。前回の読みでは催眠術による至高体験とした。外れてはいないが、重要なところを指していなかった。つまり「催眠術の啓示」では、「存在の鎖」説の重要な前段が漏れていたので。単純にいうと、この世とは別の異世界があって、この世よりもすぐれた何かがいるのだという考え。その異世界の創造主ないし〈神〉がこの世に愛や善を注ぎ込んでいる。それを受けた物質が生命に変化していくのだ。
 ポーがこの小説を書いた1843年。18世紀に英仏の科学者が古典力学を完成し、天体の動きを説明していた。原子論ができて、原子や分子でこの世の物質が出来ているという説明が生まれた。電気磁気が発見され、研究が開始された(その途中にメスメリズムのような今は棄却された考えも科学とされた)。21世紀の中学校の教科書にも達していないような知識だった。そうするとこの世の成り立ちを説明するには「存在の鎖」説が最も有効。なにしろ宇宙と天体と物質と生命と霊魂までを一気に説明できるから。登場人物のV氏(ヴァンカーク)も霊魂不滅の確信が揺らいでいるので(前世紀からの科学主義で宗教に疑心を持つ人が続出。でも死は怖い。そこで宗教に代わる説明を求めた)、催眠術を受け入れたのだった。
 以上を押さえたうえで、「催眠術の啓示」を読んでみよう。引用は小泉一郎訳(創元推理文庫)。催眠術にかかっているV氏のセリフを取り上げる。

一切の始まりは神。(略)神は霊ではない。なぜなら神は存在するからだ。神はまた、君が理解するような物質でもない。物質には、さまざまの段階があって、それについて人間は皆目知るところがないのだ。粗悪な物質は精度の高い物質を推し進め、精度の高い物質は粗悪な物質に浸透する。

→ V氏の説明はこう始まる。上の前提がないと〈神〉の説明はわからない。物質にあるさまざまの段階は、アリストテレスの運動論に基づく。軽いものは上に、重いものは下に。その運動で物質は段階にわかれるのだ。下の説明にあるように霊魂は物質不可分なので、物質の重さによって霊がいる段階はかわる。ダンテの「神曲」にあるように地上から天までには十くらいの階層があるとされた。なお、「神は存在する」というのは異端の臭いがするなあ。存在は物質と結びついていて、制約があるから(フィリップ・K・ディックの感想を参照)。

物質のもつこのようなさまざまな段階は、稀薄さと精度を増し加えてゆき、ついに無分子の――分子をもたない――不可分の物質に到達する。そしてここまで来たとき、推進と浸透の法則は修正される。究極的な、或いは無分子の物質は、一切のものに浸透するばかりでなく、一切のものを推進する。かくしてそれは、それ自身の内部の一切のものでもあるのだ。この物質が神だ。

→「存在の鎖」説の説明。異世界の創造主がこの世にそそぐのは〈何か〉というしかないものだけど、ポーは「無分子の物質」という。のちにでてくる「エーテル」みたいなものか?

それ自身の内部に存在する法則或いは性質によって運動を起した無分子の物質がすなわち思考なのだ。

→〈何か〉に感応した物質はこの世で思考を開始する。「それ自身の内部に存在する法則或いは性質」は〈何か〉におのずから備わっている。思考を開始する「無分子の物質」は精神になる。

エーテルをとりあげる場合、われわれはそれを、精神または無と同類のものと扱いたい気持をどうすることもできない。(略)この金属よりはるかに稀薄な物質を考えてみるとき、われわれはたちまち、(あらゆる学派のさまざまの教義はいかにもあれ)一つの独自な塊(かたま)り――すなわち無分子の物質という概念に到達する。

→この世で「無分子の物質」というと精神=霊魂しかないわけ。当時、光は粒であると考えられていた。光が伝搬するにはなにかの媒質が必要。でも17世紀のパスカルが宇宙は真空であると証明してしまった。なので物質とは相互関係をもたないが光を伝達する媒質としてエーテルが充満していると想定された。
(端山好和「自然科学の歴史」 (講談社学術文庫)によると、エーテルの起源は以下となる。)
四元素説(注:エンペドクレスによる土・水・空気・火が四つの元素とする説)との関連では、天体は五番目の元素アイテールよりなると考えられていた。ちなみにアイテールは後のエーテルの語源となった。 (p.106)

僕が「心」と言ってるのは、無分子の、或いは究極の、物質のことだ。僕がいう「物質」とは、その他のすべてのものをさすのだ。(略)合体しないで存在する心は、ただ神であるだけだ。個人すなわち思考する存在を創りだすためには、神の心の一部に肉体を与えることが必要だった。

→この辺りは混乱している感。人間は創造主が注ぎ込む〈何か〉に感応して理性を使う。努力し苦悩し創造することで存在の階梯を昇っていける。そのためには肉体が必要で、いつかは脱ぎ捨てる。

われわれの現在の化肉(けにく)の状態は、進行中の、予備的な、束の間のものなのだ。われわれの未来は、完成された、究極的な、不滅のものだ。究極の生こそ満たされた意図なのだ。

→人間の存在は肉体に規制されている。不滅のものになるには変わらなければならない。そうすれば不滅になる。物質の制約から解放された「不滅のもの」は肉体を持っているのか?

われわれの未発達の器官は、未発達の肉体を構成している物質に適応しているが、究極の肉体を構成しているものに対しては適応していない。だから、究極の肉体は未発達の五官では捉えられず、われわれが知覚するのは、内なる形相そのものではなく、内なる形相から崩れ落ちる皮殻だけにすぎない。

→人間の肉体は創造主が注ぎ込む〈何か〉によって変化するのだが、究極には至っていない。なので進化せよ、ということかな。そうなると創造主ないし〈神〉は人間に不完全さしかもたらないことになるがそれでいいのか?

発光体は光のエーテルに振動を与える。この振動は同じような振動を網膜に生じさせる。その振動が、さらに、同じような振動を視神経に伝達する。神経は頭脳に同様の振動を伝え、頭脳がまた同じ振動を、その内部に瀰漫(びまん)している無分子の物質に伝える。後者の運動が思想であって、知覚とは思想の最初の波動なのだ。未発達の生命のもつ精神が外界と交渉をもつ方法は以上のようなものだ。

→発光体は天空にいる神やその近くにいる恒星ですね。アリストテレスによると恒星は高速の円運動を行っているので、振動していて、その波動が地球や人間に届くわけです。それを神経や頭脳が受取る、と。今でもオカルトやスピ系がいっている「波動(バイブレーション)」と同じ説明。

全身が――このエーテルと調和しつつ――このエーテルに振動を与え、エーテルに溺漫している無分子の物質に運動を起させる。だからわれわれは、究極の生というものがほとんど無限の知覚力をそなえているのは、特異な器官を持っていないからだと考えなければならない。

→波動や光を伝える媒質としてエーテルが存在する、という話は上の通り。

究極の生命よりさきに未発達の生命が現われるという必然性が無かったら、こうした天体は存在しなかったに違いない。これらの天体の一つ一つに、それぞれ異った種類の、有機体の、未発達な、ものを考える生物が住んでいる。すべての生物において、その器官は、住んでいる場所の特徴に応じて異っている。これらの生物は、死すなわち変態に際して、究極の生――不滅――を享け、例のただ一つの秘密以外の一切の秘密を知り、ただ意欲することによってあらゆることを行い、あらゆる場所を通り過ぎる。これらの生物は星々の上に住むのではなく(略)、「空間」それ自体の内部に住むようになる。真の実質をそなえた広漠さが星影を呑みつくし――それらの星影を実在せぬものとして天使たちの知覚の外に消し去ってしまう、あの無限のなかに住むようになるのだ。

→天動説により宇宙の中心(最も重い場所で、低劣なクズやゴミが集まる)は地球から太陽に移動した。すると、宇宙には太陽と同じ恒星が無数にあるから、地球のような生物がいる星もあるに違いない。創造主の完璧性はその星にも神に似せた生き物がいるはず。それは俺ら人間よりも優れたものがいてもいい。というわけで異星人・宇宙人の存在可能性を信じる。より優れた生き物・異星人は星の重力から解放されている。空間そのものの中にいるのだ。最後の「あの無限のなかに住むようになる」の語句は、シラーとベートーヴェンの「歓喜の歌」の一節と同じ発想。人間は高みをめざせ、天空の異星人と一緒になれ、手を取り合ってさらに進化しようぜ!

無機の生命の場合にはあり得ない苦痛というものが、有機的な生命においてはあり得るものとなるのだ。(略)「地上」の原始的な生命がなめる苦痛は、「天国」における究極の生命があずかる祝福の唯一の基礎なのだ。

→いくら創造主から理性ほかを注ぎ込まれているとはいえ、受け身では進化しない。努力せよ、克己せよ。苦痛をかんじるのは当たり前。苦痛を克服してこそ歓喜に到達するのだ。ここもシラーとベートーヴェンの「歓喜の歌」に似ている。
 
 ざっとV氏の発言による「存在の鎖」説をみてきた。大枠はオーソドックスな説。19世紀の科学の知見を反映させていく。啓蒙時代のドイツ観念論の考えもいれる。なにしろアメリカ革命とフランス革命を経験しているのだ。人間が自分自身と社会を変革できるという自信を持っていた時代。そこにポー独自の考えも加えているようだ(「神は存在する」とかね。精神と肉体の関係も矛盾をはらんでいそう)。なのでオーソドックスなところに立ちながら、内部に矛盾をはらんだ不安定な議論になってしまった。
 その不十分さを克服しようとするのが、「ユリイカ」なのだろう。未読だが、「催眠術の啓示」を読めば見当がつきそう。

 

 「催眠術の啓示」「ミイラとの論争」「ヴァルドマアル氏の病症の真相」のメスメリズム3部作(今俺が命名)は、たいていの選集には選ばれない。でもメスメリズムや「存在の大いなる連鎖」との関連で読むと、俄然として興味深くなる。


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