2026/05/13 岡本綺堂「世界怪談名作集1」(青空文庫)-2 プーシキンとディケンズ、怪談として読むか世界文学として読むか。 1929年の続き
19世紀の怪談、怪奇小説を読むと、恐怖の源泉になっているのは不死者(アンデッド)なのがわかった。不死者は殺害されたり自殺したり淫乱や瀆神の罪をもって死んだもの。最後の審判で天国に入れない者たち。天国に入れないから、入れる人間に嫉妬し誘惑して堕落させるのだ。不死者の餌食になると、その人は最後の審判で天国に入れなくなる。それがもっとも大きな恐怖。信仰心や身に着けた十字架などで対応するのだが、不死者はそれを自ら捨てたくなるような特質を持っている。外見が美しく、弁舌がさわやかで、性的な誘因力があり、財宝をたくさん所有している。人間はその誘惑から逃れるために、恐怖の現場で常に試されているのだ。
19世紀の怪奇小説は、吸血鬼・人工生物・分身というクリーチャーを想像・創造したが、もとは不死者で瀆神者(無神論者)。人間が作り出したか、植民地から来たかというのが新奇な点だ。
あと大事なのは、不死者への恐怖は外国人恐怖・排外主義・移民恐怖・病原菌恐怖・女性恐怖などの差別思想と容易に合体すること。1850年代のリットン卿「貸家(幽霊屋敷)」ですでにみられ、時が進むにつれてひどくなっていく。転換点はおそらく1881年のアレクサンドル二世暗殺事件以降にロシアは反ユダヤ政策を行ったこと。ロシア・東欧から大量のユダヤ人難民がヨーロッパに向かった。それがヨーロッパの反ユダヤ主義を悪質化させた。小説などの文芸にも反映していく。収録された「名作」でも、反ユダヤ主義とミソジニーが強いものが多々ある。21世紀には読書の興を削ぐ。

北極星号の船長 医学生ジョン・マリスターレーの奇異なる日記よりの抜萃(アーサー・コナン・ドイル) ・・・ 北極海で活動する捕鯨船。その船長は狂気にとらわれていた。氷の上に若い娘を見て、ずっと追いかけていたのである……。メルヴィル「白鯨」の超圧縮版。なのだが、船長の狂気が薄っぺらいし、語り手がまったく無個性。筋をすぐに脱線する冗長な文章。読むのがつらい物語だった。ドイルは二流作家というのがここでも明らかにされた。
コナン・ドイル「傑作集3」(新潮文庫)-恐怖編
廃宅(エルンスト・テオドーア・アマーデウス・ホフマン) ・・・ ある町の廃宅を眺めていたら、美しい女の腕が窓から出てきた。とても気になる。聞き込むとそこには気難しい老執事がいて、夜になると怪奇現象がおきているらしい。あるイタリア人が懐中鏡をみせると、廃宅の様子が映っていた。これでは気がふれてしまうとかかりつけ医に相談すると、彼は廃宅の因縁を教えてくれた。現在の怪奇現象の前半と、過去の因縁話を説明する後半。たぶん1817年の「夜曲集」に収録された「荒んだ家(Das öde Haus)」。この時代だとこういう書き方になったのだろうなあ。幽霊を説明するのにロマを持ち出すのがよろしくない。
手軽に読める解説論文。斎藤洋「ホフマン『さびれた家』」1986年2月
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論文によると、後半の怪異現象の説明に、「メスメリズム」を利用しているとのこと。今は忘れられている「メスメリズム」がいかに流行ったかがわかる。たぶん鏡の中に美しい女の姿が見えたという説明。綺堂訳では「催眠術」になっているが、リットン「貸家」でもメスメリズムを催眠術と訳しているのでそう推理した。論文筆者によると、後半の「磁気説(メスメリズム)」で説明した後半は不要という。そのとおりで、20世紀の怪談やモダンホラーは理屈で説明することを放棄するようになった。
聖餐祭(アナトール・フランス) ・・・ 12月のある夜、結婚しなかった老婆が教会にいくと、そこには昔の人びとが悲しそうな顔をして集まっていた。そのなかに老婆がかつて愛し、50年前に死んだ騎士(ママ)がいた。今日は煉獄の霊魂(天国に行けない霊魂)が愛する人と一時間だけ会うことができる日。だから私(騎士)はいるのだ。喜捨の順番が来たとき、他の人は古い貨幣を入れるが、老婆は金の持ち合わせがなかったので、指にはめた古い指輪を入れた。すると……。カソリックでは地上に霊魂が現れる意味が異なるのだね。老婆は幽霊にあっても怖くないし、幸福にもなれた。
幻の人力車(ラデャード・キプリング) ・・・ インドに赴任しているジャック・パンセイ。アグネス・ウェッシントン夫人と恋仲になるがすぐに飽きて、キッティ・マンネリングという娘と婚約した。その知らせを聞いたアグネス夫人は憔悴し一週間もたたずになくなってしまった。キッティとデートする最中、パンセイは夫人とその苦力が弾く人力車を見、夫人の声を聴く。パンセイは夫人との思い出に撃たれ、町にでると彼女らの幽霊につき纏われる。キッティには幽霊が見えないので、パンセイが不倫をしているのではないかと疑いだし、ついに婚約を解消することになった。パンセイはドクターの治療を受けているが、幽霊との暮らしが続く……。苦力は夫人の死の直後にコレラで死んだという説明があるが、この世への情念は夫人だけのもの。それが人力車と苦力まで幽霊になるのがとても珍しい。そのうえ幽霊はパンセイと載っている人力車をすり抜けてしまうという超常現象まで起こす。西洋の怪談ではものが祟ることはめったにない。なお、パンセイの症状はドクターによって「妖怪性幻影」と名付けられるが、いまなら別の病名になるにちがいない。
あと1880年代(作中のできごとは1885年とされる)、インドはイギリスの植民地でイギリス人からは国内旅行先になる。イギリスの階級社会を持ち込み先住民を収奪の対象とみている。なので、作者もパンセイも(他のキャラも)苦力その他の先住民の存在を無視している。当然人権があるとは思っていない。戦前日本の朝鮮や中国を舞台にした文学・小説もこんな感じだった。
上床(フランシス・マリオン・クラウフォード) ・・・ 大西洋航路を頻繁に使う男が、カムチャッカ号の105号室に乗船したら、船員は顔色を変えた。その客室に泊まったものはみな海に身投げするのだ。事実語り手と同室になった男は初日の夜に海に飛び込んだ。船医と船長は別室に移れとすすめたが(なら最初から販売するなよ)、語り手はがんとして応じない(バカですかあんた)。窓が勝手に開き潮とカビで臭くなる部屋で船長と一晩を過ごすことにした……。冒頭に魚形水雷の話題があるので1890-1910の間に書かれたものと知れる(この時代には水雷艇や魚雷が最新兵器。これを扱った小説がゴマンとでてくる)。幽霊屋敷の怪談があまりに書かれたので、新機軸としてそのころに大発展した大西洋航路の旅客船を舞台にしたのだ。怪談も風俗の変化に合わせてアップデートしていく。就航10年以内の巨大旅客船に幽霊が取り憑いているのはおかしいとしたのか、ここでは軟体動物めいた怪物が登場。ここでも怪異の正体がアップデートされている(ドイルの空中怪物なんかもこの時代)。こういう怪談があったから、20年後にはラブクラフトがクトゥルー神話を作ることができたのだ。あと語り手の上流階級の男はあまりに不遜で威張りや。労働者階級の船員をすぐに怒鳴りつける。短慮で軽挙妄動なのもあわせて、まったく共感しなかった。
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2026/05/11 岡本綺堂「世界怪談名作集2」(青空文庫)-2 怪談は女性嫌悪をあらわにする。(付)メスメリズムについて 1929年に続く