odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2023-04-01から1ヶ月間の記事一覧

トーマス・マン「魔の山」(筑摩書房)第5章-2 「若きハンスの悩み」はゲーテのパロディ

2023/05/08 トーマス・マン「魔の山」(岩波文庫)第5章-1 セテムブリーニは陰謀論者 1924年の続き 発表は1924年だが、書かれたのは1910年代。WW1が起きる前の「幸福な」暮らしが反映している。ホーフマンスタールなどは回顧にふけるだけだが、トーマス・マン…

トーマス・マン「魔の山」(筑摩書房)第6章-1 ナフタはキリスト教共産主義を目指す宗教的情熱家

2023/04/29 トーマス・マン「魔の山」(岩波文庫)第5章-2 「若きハンスの悩み」はゲーテのパロディ 1924年の続き ドストエフスキーの小説ではたくさんのキャラクターが出てきて、それぞれが雄弁(ないし饒舌)に会話し、複数の物語が進行するものだった。ト…

トーマス・マン「魔の山」(筑摩書房)第6章-2 「Zauberberg」は「奇人変人たちの山」

2023/04/28 トーマス・マン「魔の山」(岩波文庫)第6章-1 ナフタはキリスト教共産主義を目指す宗教的情熱家 1924年の続き 全体のタイトル「魔の山」は日本語でしか知らなかったが、ようやく「zauberberg」であると知る。何が「魔」であるかはたくさんの解釈…

トーマス・マン「魔の山」(筑摩書房)第7章-1 ペーペルコルン氏はカリスマ独裁者のカリカチュア

2023/04/27 トーマス・マン「魔の山」(岩波文庫)第6章-2 「zauberberg」は「奇人変人たちの山」 1924年の続き 「魔の山」の饗宴が続き、ついに時間感覚は失われる。第7章になると、ハンス到着以後の年数は記載されなくなり、月の名前とおおよその時刻だけが…

トーマス・マン「魔の山」(筑摩書房)第7章-2 サラエボの銃弾は友愛社会を壊し愛国心を目覚めさす

2023/04/26 トーマス・マン「魔の山」(岩波文庫)第7章-1 ペーペルコルン氏はカリスマ独裁者のカリカチュア 1924年の続き 療養所の時間は「低地」とはことなるゆっくりした流れであるのだが、「低地」の時間はもっと早く流れる。その影響は次第に療養所にま…

トーマス・マン「ワイマルのロッテ 上」(岩波文庫)-1 「不滅の愛人」にさせられたシャルロッテ、ゲーテに真意を問いただすことにする

「ワイマールのロッテ(岩波文庫では「ワイマルのロッテ」)は1939年に発表。年譜を見ると、あのぶっとい「ヨセフとその兄弟(1933-1943)」の第3部を発表した後なので、ちょっとしたきばらしの作品だったらしい。マンの長編にしては短い。とはいえ上下二巻…

トーマス・マン「ワイマルのロッテ 上」(岩波文庫)-2 1816年ナポレオンを支持する大ゲーテはドイツ精神の裏切り者と目される

2023/04/24 トーマス・マン「ワイマルのロッテ 上」(岩波文庫)-1 「不滅の愛人」にさせられたシャルロッテ、ゲーテに真意を問いただすことにする 1939年の続き 第4章 ・・・ はいってきたのはアデーレ・ショウペンハウアー令嬢(兄アルトゥールは1818年に「…

トーマス・マン「ワイマルのロッテ 下」(岩波文庫)-1 大ゲーテは過去にうぬぼれ他人を嫌う俗物になっていた

2023/04/22 トーマス・マン「ワイマルのロッテ 上」(岩波文庫)-2 1816年ナポレオンを支持する老ゲーテはドイツ精神の裏切り者と目される 1939年の続き シャルロッテはゲーテが離れ結婚したあとの44年間に十数度(!)の妊娠出産と子育てを経て、夫にも十数…

トーマス・マン「ワイマルのロッテ 下」(岩波文庫)-2 大ゲーテは自己弁護しシャルロッテは幻滅して郷愁を味わえない

2023/04/21 トーマス・マン「ワイマルのロッテ 下」(岩波文庫)-1 大ゲーテは過去にうぬぼれ他人を嫌う俗物になっていた 1939年の続き 前の第7章はシャルロッテの想像であるかのようにメモを書いたのだが、どうやら誤っていた。第7章はゲーテその人の内話で…

トーマス・マン「すげかえられた首」(光文社古典新訳文庫) 男性優位社会ではたくましい肉体と優れた頭脳のどちらが好ましいか

発表は1940年。とすると、「ワイマルのゲーテ」1939年のあと「ファウスト博士」1947年(執筆は1943-45年)を書き出す前になる。「ヨセフとその兄弟」第4部の完成を目しているころに、インド思想の研究をしていて、この小品がスピンアウトしたのだという。以…

トーマス・マン「ファウスト博士 上」(岩波文庫)-1 全体主義ドイツの告発とドイツ精神の擁護

トーマス・マンがアメリカ亡命中の1943-45年にかけて書き、1947年に出版された。執筆中はWW2が進行していて、予断は許さないもののドイツは次第に劣勢になっている。ナチスドイツの全体主義国家の横暴が止まるのは喜ばしいことではあるが、故郷で祖国のドイ…

トーマス・マン「ファウスト博士 上」(岩波文庫)-2サマリー

2023/04/18 トーマス・マン「ファウスト博士 上」(岩波文庫)-1 全体主義ドイツの告発とドイツ精神の擁護 1947年の続き 一友人の物語る、ドイツの作曲家アドリアン・レーヴェルキューンの生涯(1885-1940) 第1章 はじめに。自己紹介とアドリアンについて。…

トーマス・マン「ファウスト博士 中」(岩波文庫)-1 エリート主義のドイツ精神は資本主義と民主主義で消えてしまう

2023/04/17 トーマス・マン「ファウスト博士 上」(岩波文庫)-2サマリー 1947年の続き この小説はアドリアン・レーヴェルキューンという「天才」作曲家の伝記なのであるが、彼を書く以上の熱意をもって、語り手の現在を記す。すなわち、ヒトラーが始めた戦争…

トーマス・マン「ファウスト博士 中」(岩波文庫)-2サマリー

2023/04/15 トーマス・マン「ファウスト博士 中」(岩波文庫)-1 エリート主義のドイツ精神は資本主義と民主主義で消えてしまう 1947年の続き 第21章 1944年の戦況。ロシアが攻勢に立ち、イタリアの独裁者が失脚する。ドイツでは「国際的(インターナショナル…

トーマス・マン「ファウスト博士 下」(岩波文庫)-1 18世紀からの教養市民層の終わり

ドイツの作曲家アドリアン・レーヴェルキューン(1885-1940)がどういう人物であるかというと、「静かで、無口で重苦しい気分の人」であり、随所にみられる行動性向は、うぬぼれ・まじめ・謙虚・社交嫌い・お世辞嫌いであり、いっぽうでパロディ好き・嘲笑す…

トーマス・マン「ファウスト博士 下」(岩波文庫)-2サマリー

2023/04/13 トーマス・マン「ファウスト博士 下」(岩波文庫)-1 18世紀からの教養市民層の終わり 1947年の続き 第34章 1919年。アドリアンの体調は回復して、「黙示録」がわずか半年で創作された。 「むしろ病気において、そしていわば病気の保護のもとで、…

トーマス・マン「永遠なるゲーテ」(人文書院) ゲーテ選集の序文でありながら、ゲーテ「神話」を打ち消す内容

トーマス・マンはゲーテを尊敬し触発され、彼を研究して評論や創作を行ってきた。たとえば、トーマス・マン「ゲーテとトルストイ」(岩波文庫) 1922年トーマス・マン「ワイマルのロッテ」(岩波文庫) 1939年がそれ。本書は、1948年に書かれた原題「ゲーテに…

トーマス・マン「だまされた女」(光文社古典新訳文庫) 老年女性の道ならぬ恋は抑圧からの解放か、それともはしたないのか

1920年代のデュッセルドルフ。ドイツのある家族がアメリカ人を英語の家庭教師に雇う。女主人は夫に先立たれ更年期になっているが、この単純素朴なアメリカ人に惚れてしまった。とはいえ、ドイツの道徳ではつつましくなければならない。この設定から、いくつ…

乃南アサ「6月19日の花嫁」(新潮文庫) 記憶喪失者はダンジョンから抜け出せるか

ふいに世界に投げ入れらた女性がいる。見知らぬ部屋、見知らぬ人、なによりも恐ろしいのは鏡に映る顔が見知らぬ人であること。 わたしは誰──? 6月12日の交通事故で記憶を失った千尋。思い出したのは、一週間後の19日が自分の結婚式ということだけだ。相手は…

宮部みゆき「パーフェクト・ブルー」(創元推理文庫) 社会正義よりも家族の問題のほうを優先してしまうし、家族も「責任」の取り方があいまい。

著者の第一長編で、1989年にでた。 元警察犬のマサは、蓮見家の一員となり、長女で探偵事務所調査員・加代ちゃんのお供役の用心犬を務めている。ある晩、高校野球界のスーパースター・諸岡克彦が殺害された。その遺体を発見した加代ちゃん、克彦の弟である進…

宮部みゆき「龍は眠る」(新潮文庫) 未成年の探偵は犯罪捜査にかかわってよいのか

もしも江戸川コナンや金田一一のような未成年が犯罪捜査にしゃしゃりでて、いろいろとでしゃばってきたら? 勝手に動いて捜査をかく乱するのに、説明はろくすっぽせず、説教するとふてくされていなくなってしまう。ときどき鋭いことを指摘するのは波乱が起き…

加納朋子「掌の中の小鳥」(創元推理文庫) 男の「悪気のない」行為があるから女は「掌の中の小鳥」をいとおしむ

登場人物はみな固有名をもっているのに、それが個人を識別する記号にならない。むしろ行動や発話の違いで個人を見分けることになるのだが、その違いもとてもあいまいで誰が誰なのかを区別することができないという不思議な小説空間。でも、そこには解かれる…

加納朋子「いちばん初めにあった海」(角川文庫) 記憶の曖昧な女性のモノローグは夢野久作「ドグラ・マグラ」の変奏

1996年に出た著者の第4作。それまでは連作短編集だったが、これは独立した中編二編が収められている。 いちばん初めにあった海 ・・・ ある若い女性がアパートで一人暮らし。周囲の傍若無人な人たちの喧騒で生活のリズムはすっかり狂っている。耐えがたい環…

加納朋子「モノレールねこ」(文春文庫) 「大切な人との絆」を大事にしすぎると現状維持がよいことになってしまう

2006年に出た短編集。ミステリーというよりは「ふしぎ小説@都築道夫」の味わい。 モノレールねこ ・・・ 小学校5年生のサトルのところにふとったものぐさな猫がやってくる。あるとき首輪にメモを挟んでみたら、返事が届いた。そこからタカキとモノレールねこ…

桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」(創元推理文庫) 地場産業の栄枯盛衰を経営に携われない女の側から見る。男よりも女の反抗や忍従のほうが社会を変える。

鳥取県の山間部にある紅緑町。ふるくから製鉄をするたたら場があったが、恐らく20世紀初頭に赤朽葉家がドイツから製鉄プラントを輸入して大きな事業にすることに成功した。町の高台に巨大な屋敷をつくり、一族が住まっている。その下には工場の従業員家族が…