odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

宮部みゆき「パーフェクト・ブルー」(創元推理文庫) 社会正義よりも家族の問題のほうを優先してしまうし、家族も「責任」の取り方があいまい。

 著者の第一長編で、1989年にでた。

元警察犬のマサは、蓮見家の一員となり、長女で探偵事務所調査員・加代ちゃんのお供役の用心犬を務めている。ある晩、高校野球界のスーパースター・諸岡克彦が殺害された。その遺体を発見した加代ちゃん、克彦の弟である進也、そしてマサは事件の真相を追い始めるが...。幅広いジャンルで活躍し、わが国の文壇を代表する作家の一人である宮部みゆきの記念すべき長編デビュー作。
https://books.google.co.jp/books/about/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88_%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC.html?id=srmqywEACAAJ&source=kp_book_description&redir_esc=y

 うーん、「名作」なのだろうがきちんと検討する気になれないなあ。理由はあとで。
 スーパースターの死をきっかけに探偵事務所に不良な弟の保護の依頼があり、それが被害者家庭からの依頼で犯人探しが始まる。すると、スーパースターは寮を勝手に抜け出していて、それは脅迫があったからのようであり、どうやら少年野球時代からの因縁であるらしい。すると脅迫していた元野球少年は自殺していたので一件落着と思いきや、彼もまた他殺の疑いが濃厚であり、しかも少年野球時代の選手やコーチなどを調査している謎の人物がいるらしい。
 そこにもうひとつの物語が同時進行で進む。すなわち大手製薬メーカーは強烈な副作用のために治験が中止された製剤を極秘裏に大規模な臨床試験を行っていた。それが少年野球チームへの提供を名目にしたその製剤の投与であり、その副作用は数人の選手生命どころか人生をも狂わせていたのである、らしい。というのも製薬会社はすでに資料を破棄していて全貌をつかんでいないところに、いくつもの資料で会社を告発できると恐喝が行われていたからである。おりからの会社の御家騒動でそんなスキャンダルがでてはならないと恐怖した一派が闇の組織を使ってもみ消しを図ろうとしているようなのである。
 このふたつがつながるのは、市井の探偵事務所の調査が進むにつれてからではあるが、企業犯罪の全貌は一回の探偵には荷が重く五里霧中であるが、ともあれ目前にふりかかる闇の組織の抹殺計画から身を守らないわけにはいかないのである。そこでようやく語り手が犬である理由が明らかになり、廃倉庫にとらわれた数人の探偵がスタンガン他で監視されているのをいかに逆襲脱出するかというアクションにつながるのだ。
 冒頭は、不良高校生が大人のマネをして危険にとらわれたのを保護し、彼のトラウマを解決する物語におもえたのが(小峰元「アルキメデスは手を汚さない」(講談社文庫) 1973年を思いだした)、次第に企業犯罪をもみ消すアクションに映っていく。なので、犯人あてなどの謎解きができないものであり、上に書いたような冒険アクションを楽しむことになえう。当時作者は20代後半なのに、人物描写は的確であり、各人が深みを持つキャラになっているのはさすが(わけありそうなスナックマスターが気になる)。10代に不良少年が口は悪いが実直な少女と出会って反発しながら近づいていくというボーイ・ミーツ・ガールの話も若い読者には心地よいだろう。二つの殺人事件が冒頭からの見立てと異なる真相であることに驚愕することもでき、探偵小説を読んだ満足も深いのである。タイトルも意味不明であったのが、なるほどこれしかないという説得力のある説明になっている。
 でも感想が投げやりになるのは、企業犯罪のや社会問題がでても、その取扱いが軽く、うちうちなあなあに済まそうというところ。社会正義よりも家族の問題のほうを優先してしまう。その家族もいかにも日本的で、「責任」の取り方があいまいなんだよなあ。あまりこの人の小説は読んでいないが、社会や世間に向かう姿勢が俺にはあわない。それは第一作からあり、以後数十年変わっていないとなると、この人の小説には技巧以外を期待しないほうがいいのだろう。