odd_hatchの読書ノート

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佐山和夫「黒人野球のヒーローたち」(中公新書) 公式記録が残されなかった「ニグロ・リーグ」の歴史を掘り起こす。MBLの歴史は人種差別の歴史。

野球がアメリカで十九世紀中葉に生まれて以来、基本的に白人と黒人とが共にプレーをすることはなかった。そのため、一八八五年には黒人だけのプロ野球チームが誕生し、その後その数は激増、ニグロ・リーグを結成して、白人大リーグに勝るとも劣らない実力と人気をかち得るに到った。本書は、その黎明期から、大リーグへの黒人参加が認められて黒人野球がその独自のパワーを失ってゆくまでの、苦しくも爽快な一世紀を綴るものである。
http://books.bitway.ne.jp/meng/cp.php?req=126_01_01&site=book&bid=B0360204001

 読書中にときどき胸が熱くなったのは、われわれのよく知らない「ニグロ・リーグ」の情報のせいなのだろうな。
 非常に簡略にまとめると、職業ベースボールが成立したのは1860年代。人種差別のことがあって、多くのメジャーリーグ(というのは当時なかった呼称だろう)には黒人は参加できない。そこで、1910年代の好況を受けて、国内に複数の「ニグロ・リーグ」ができた。そこには多彩なタレントがあまたいた。だが、1929年以降の不況によって大ダメージ。ときにはこの国にきて、クラブチームやノンプロチームと戦ったりした。プエルトリコその他の南米にも遠征した。ときには人気選手がチームの区別なく参加者を募って、全米や中南米にでかけた(対戦相手は現地の企業や大学チーム、クラブチームだ)。あいにく記録はほとんど残されていない(というより歴史をまとめる者がいないので現代の研究者は全米の古新聞を図書館で読むしかない。当然全国紙などないので、州か市単位でしか記録はみつからない)。第2次大戦のあと、いっしょに戦場で戦った黒人同志がなぜベースボールチームにいないのかという世論が起こり、1945年に最初の黒人メジャーリーグプレーヤー、ジャッキー・ロビンソンが誕生する。そのおかげで、ファーム化した「ニグロ・リーグ」は倒産した。
 気分がよくなるのは、日本にきたニグロ・リーグのプレーヤーがこの国に「自由」を見たこと。「黒人」に対する偏見は薄かったからな。同じような述懐はジャズ・プレーヤーにも聞かれる(話はずれるが、最初期のジャズ・プレーヤーの何人かはニグロ・リーグのファンで互いに交歓していたことが語られている)。
 もうひとつは、多くの伝説がそれこそ神話的なおおらかさと象徴性をもっていることかな。まず最初に記憶しておきたいのは、白人でありながらニグロ・リーグ球団の所有者であったエファ・マンリーだな。それこそ女族長の度量と怒りの巨大さをもっていた人物。さらには、サチュル・ペイジとジョシュ・ギブソンの逸話の数々。とりわけ1942年の両者の対決こそ最高のクライマックスだろう。観客も交えて伝説を体験したひとたちを心からうらやましいとおもう。満塁でギブソンがバッターボックスに立ったとき、数万人の観客は沈黙した、というのだから、この対決こそ世紀の対決であるはず。江川vs掛布、桑田vs清原なんぞ風に吹き飛ばされるちんけなものにすぎない(と関係ないことに八つ当たりをしてしまう)。こういう爽快さが、背後の人種差別の鬱陶しさとか憂鬱とかを吹き飛ばしてくれて、それはひとえに「ニグロ・リーグ」に参加していた人びとのパーソナリティにあるのだろう。こういう話を発掘してくれた著者に感謝。

佐山和夫「史上最高の投手は誰か」(潮文庫
 こちらは、彼の第1作にあたる。これでどこかのノンフィクション賞を取ったとの由。たしかにノンフィクションの対象としてニグロ・リーグはおもしろいもの。しかし書き方が問題で、著者の個人史、資料の探求史が書かれているので、対象のサチュル・ペイジあるいはニグロ・リーグが浮き上がってこない。
 ノンフィクションでは、「私」「取材者」はどのくらい作品に表れてよいかは微妙な問題になる。このスタンスを間違えると、面白い素材であっても、つまらない読み物になる。

 似たような話はプロレスにもあって、最初の黒人プロレスラーが登場するのは戦後のこと。大きな人気を集めたのは、ボボ・ブラジルその人。S・D・ジョーンズ、アーニー・ラッドなどをへて、現在のブッカーTとかディーボンダッドリーなどにつながる。ここらへんはスコット・M・ビークマン「リングサイド」(早川書房)にも詳しくないので、別に補完しておかないといけない。

スコット・M・ビークマン「リングサイド」(早川書房) WWEが市場を独占する前のアメリカ・プロレスの歴史。興行とメディアの変化がプロレスを変えた。 - odd_hatchの読書ノート