odd_hatchの読書ノート

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ホセ・マリア・コレドール「カザルスとの対話」(白水社)

 カザルスというチェロの大家には面白い逸話がたくさんある。生まれたのはカタルニア地方の貧しい家。音楽に理解のある両親(特に母親)に支援されて、若いときから高名なチェリストについて研鑽する。そのときの練習の激しさというのはたいしたものだったらしい。すぐに頭角を現して、先生を追い抜くと、無理をしてマドリード音楽学校にいき(そこにもいろいろ紆余曲折があったと記憶する)、その後スペイン女王に謁見、お披露目演奏をする機会があり、さらにパリにいき、独立した演奏家として活動を開始する。このとき20代の始め。まだ録音機器ができたばかりで、商業レコードもほとんどなかったこの時代の様子は興味深い。音を聴くことのできない演奏家のエピソードはほとんど神話だ。
 その後はヨーロッパ中を演奏活動して歩き、ヴィトゲンシュタインの生家に一時期滞在してもいた。そこにはブラームスも出入りしていたというウィーンの名家で資産家だった(S・トゥールミン/A・ジャニク「ウィトゲンシュタインのウィーン」TBSブリタニカ)。若い時のルートヴィヒやパウルと会ったこともあるのだろうか(前者は哲学者、後者はピアニスト)。
 貧乏な家の生まれであったが、スペイン女王と幼少のときにあったことがあるためか、彼は王制を支持していたとみえる。変化があったのは、スペイン内戦の前からで、フランコ政権ができてからはスペインとその政権を支持する国では演奏を行わないと宣言し、実行した。スペイン市民戦争を語る本には、ときどき1936年にバルセロナで行われた労働者オリンピックのことが登場するが、これにカザルスは関係している。何かの録音がこのときに行われたのではなかったかな。戦後、来日したことがあるが、弟子の日本人チェリストとで協奏曲を指揮したが、チェロは弾かなかった。
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 こういう頑固で一徹、エネルギッシュで多感なところは、この対話の中でも健在で、かなり高齢になってからの話であったと思うが、とても面白かった。自身によって書かれた「鳥の歌」なんかよりもはるかに面白い。この人は前衛音楽に批判的で、シェーンベルク一派の12音音楽を厳しく批判している。まったく認めん、という心意気がうかがわれて、ほほえましかった。こんな頑固爺さんが身近にいたら、それはそれで困りそうだが。
 チェリストとしては1930年代、50代までがピークと思える。バッハの無伴奏チェロ組曲の全曲録音がこの偉大なチェリストの最大の遺産。戦後の演奏は、テクニックの衰えが激しいので、あまりいいものはないみたい。でも、音楽のエネルギーは健在で、室内楽になるととてつもない存在感をもち、音楽を熱く演出する。しんねりむっつりのブラームスもこの人が参加したものでは、焦燥感にかられて勢いづいてしまう音楽になる(弦楽六重奏曲第1番やピアノ三重奏曲第1番など)。
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アルバート・E・カーン「パブロ・カザルス 喜びと悲しみ」(朝日新聞社) - odd_hatchの読書ノート