odd_hatchの読書ノート

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サイモン・シン「宇宙創成」(新潮文庫)

宇宙はいつ、どのように始まったのか?人類永遠の謎とも言えるその問いには現在、ある解答が与えられている。ビッグバン・モデル。もはや「旧聞」の感さえあるこの概念には、実は古代から20世紀末の大発見へと到る意外なエピソードと人間ドラマが満ちていた―。有名無名の天才たちの挑戦と挫折、人類の夢と苦闘を描き出す傑作科学ノンフィクション。人は宇宙を知るため、数限りない挑戦を続けてきた。太陽中心モデルを作り上げたアリスタルコスから、相対性理論アインシュタイン、宇宙誕生の瞬間を発見したNASAに到るまで。決闘で鼻を失った天文学者がいた。世界トップクラスの天体画像分析チームを率いた「メイド」がいた。数々のドラマの果てに、ついに科学者たちは…。人類の叡智の到達点を、感動的に描く圧巻の書。
サイモン・シン、青木薫/訳 『宇宙創成〔上〕』 | 新潮社

 この作者と翻訳者のコンビで出した本はどれもすばらしいなあ。600ページに喃喃とする大著を2日で読んでしまった。そしてビッグバンについては、いろいろな本や映像(最近ではディスカバリーTVがたくさん放送している)で充分に知っているとおもったけれど、そんなことはなかった。20世紀半ばのハッブル(銀河の赤方偏移の発見)、ガモフ(ビッグバン理論構築の一人)、ホイル(定常宇宙論の権威で、恒星内部での元素生成理論の作成)のみつどもえ(語弊があるが)は興味深いものだった。ガモフとホイルはこれまで啓蒙読み物の書き手としてしか知らなかった。原著は2006年、しかし記述は1990年ころのビッグバン理論を証拠立てる発見(CMB輻射)まで。残念ながらホーキングの宇宙論とかブラックホールとかダークマターなどの最新知見にはほとんど触れられていない。しかし読み応えは充分。科学の記述、理論の説明、研究者の人柄の説明、事件の概要などストーリーはスムーズに流れていくのが印象的。よほど多くの取材をして、さらに構成に時間をかけたに違いない。この努力と才能に乾杯。
 さて、科学理論の変遷についてはクーンの科学革命理論がある。これにもすこし触れられていた。なにしろ、宇宙論の歴史では、天動説と地動説、斉一な時間空間と伸縮する時空(ニュートンアインシュタイン)、定常宇宙とビッグバンの進化する宇宙、プディング的な原子と惑星のような元素など、いろいろな理論が科学革命でパラダイムシフトしていったのだった。パラダイムシフトが起こる理由としては、その当時の問題をどちらの理論がよりよく説明できるかとか(本書ではここを詳しく説明)、理論から導かれる事象を観測できるとか、そういう劇的な事件もあるが、重要なのは旧弊なパラダイム観を持つ人が引退、死亡して学会の中心でなくなることというのが印象的だった。
 それに関連しておもったのは、パラダイムシフトとか科学革命というのは、出来事がすべて終わった後に、ああ、あれは科学革命だった、パラダイムシフトだったというように説明、解釈するものなのだということ。現在進行中の論争において、複数の理論が拮抗して相容れないとき、どの理論が次のパラダイムになるかを判定することや基準を示すことはパラダイムや科学革命の理論ではできない。(というわけで、「パラダイムシフトが要請されている」とか「パラダイムを変換しよう」などと自説を喧伝するのは正しくない。あくまでそれはその科学分野の内部で、科学の方法でもって争うものだから。)最近パラダイム論はすっかり影が薄くなっているが、たぶん現在起きていること(科学とニセ科学の対立とか)に対して有効な考え方を提供できないからなのかなあ、と思いつきを書いておく。
 それにしても宇宙論というのは、関係する学問とか対象が非常に広い。原子の構造とか、素粒子などのこと、運動エネルギーに関する理論、重力電磁波その他、惑星や恒星の組成、銀河の形や距離の促成、などなどいろいろな知識が複雑に絡み合っている。しかも存在とか死とか創造神などの形而上的なことへの思弁もできるしで、知的な探求としてはこれほど深いものがない。だから面白い。(視点を変えると、相対論は間違っていると主張している人、生物の進化はないと主張している人は、こういう宇宙論に言及することはないのだよな。彼らの主張は現在の宇宙論を構成する知識と齟齬するのだが、ビッグバン理論並みの緻密な理論をニセ科学の主張者はつくらないのだねえ。)

  

 宇宙に関する自然科学書を取り上げてみたら、思ったよりも多く読んでいたのだな、と続けてエントリーにしてみました。