odd_hatchの読書ノート

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レフ・トロツキー「レーニン」(中公文庫)

 「若きトロツキーが自分の目に映じたレーニンを生き生きと描く。ロシア革命の内側を、臨場感あふれる筆致で伝えている。レーニンに対する熱い共感とともに、トロツキーとの感性の違いが浮かび上がってくるのも興味深い。」

 2001年に中公文庫で再刊されたもので、もとは1960年代に松田道雄が訳したもの。検索で見つからないなあとおもっていたら、光文社古典文庫で新訳されていた。
 トロツキが書いたレーニンの思い出。大きく分けると、1902-4年にかけての亡命生活。1917年10月の出来事、1924年の死去に関すること。読みでがあるのは最初のロンドンの亡命生活のところ。1879年生まれなので、ロンドンに逃げたときトロツキは20代の前半。それに対しレーニンは1870年生まれの30代で妻子持ちだった。トロツキーはたぶん生意気な青年だったとおもうのだが、レーニンに接していくうちに彼の思想とか人格的な包容力とかそういったことにどんどん影響されていく。これを読んでいると、トロツキは彼の弟子みたいだな、というより一方的に憧れみたいなのを感じていたのではないかしら。トロツキー、かわいい。
 まあ悪乗りはここら辺にしておいて、亡命ロシア知識人というテーマで見てもおもしろく、この文章はナボコフ「賜物」あたりの亡命生活記録と比較してもいよいだろう。
 トロツキーはジャーナリスト、文芸評論家としてたいしたものなのだが、あいにく本書は自分にはあわなかった。E・H・カーは「革命時のレーニンとの私的つながりを、自分自身の重要性を誇張し、他の参加者を第二の地位に落とすような筆致」だといっているそうだが、それは当てはまるとおもう。レーニンを正確に記述しようというより、彼をきちんと理解しているのはトロツキー自分自身のみという主張が前にあるので、どうにもくすぐったい。かつ直近のことはいざ知らず20年前のレーニン無名時代から俺は彼と交友していたんだよね、と自分の立ち位置も主張しておこうという魂胆。もちろんスターリンとかジノヴィエフとかとの権力闘争のさなかに書かれたり演説したりしたものだから、自己弁護と自身の正当性を示すところは強いと理解する。それでも、自分の存在を三人称で描いた「ロシア革命」に比べると、読みでも価値も少ないな。途中で読むのをやめた。