odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

務台理作「現代のヒューマニズム」(岩波新書)

 「ヒューマニズムは,すでに光を失った過去の思想にすぎないのだろうか.破綻したのは個人主義ヒューマニズムにすぎず,人間疎外が極点に達している現代こそ,人間性回復の転機をふくむものであると著者は主張する.ヒューマニズム思想を歴史的にたどりつつ,現代社会におけるヒューマニズムの意義とあるべき姿を説く.」


 著者の考えは以下のような感じ。現代の人間は、疎外されて本来的なあり方を生きることができない。そうなっている原因はだいたい(1)実存的な無根拠、不条理な存在規定、(2)現代テクノロジーの発達、(3)テクノロジーを利用した独占資本や管理国家などの社会体制、にある。そのような疎外状態から脱却し、人間本来のあり方を取り戻すためには、社会体制変革、資本主義を超える経済体制を確立する必要があるだろう。この思想的根拠を与えるのは第三のヒューマニズムである。ヒューマニズムは、「人間」を中心に見よう、その価値を最大化しようという考えのことだ。これには歴史的および思想的に段階的な発展を遂げてきた。最初は、15世紀ルネサンスの次代に生まれた最初のヒューマニズムで、貴族的・共感的と概観される。次は18世紀啓蒙主義時代のもので、ブルジョア的・個人的と概観される。いずれも社会変革の大きな力になってきたが、社会が複雑化しテクノロジーが発展した現代では変革の力になりえない。そのとき、第三のヒューマニズムが立ち現れてくる。それは全体的(全世界的)・思想的なものである。
 1890年生まれで、思想史を研究してきた著者が1960年に刊行した新書。「第三ヒューマニズム」をいう考えは戦後になって、戦争体験に対する批判的な立場から生まれたものであり、この書の刊行を進めたのは安保運動・原爆体験・冷戦体制と迫りくる戦争の予感、こんな社会認識からだと知れる。おそらく1920年代の白樺派あたりの教養主義がベースになり、戦後のマルクス主義が濃厚に影響したのだろう。このような戦前のリベラルな思想家がどのような影響を受けてきたのかに興味を持つことができる本だった。やはりこの世代、というか第二次大戦と戦後を経験した人にとって、戦争とその協力、権力に対抗する思想としてのマルクス主義はどちらも重く、厳しいものであったのだろう。そのような知的体験があった、ということに興味がわくのだった。
 さて、主張である「第三ヒューマニズム」はどうかということであると、これはまあ中途半端な抽象化とロマンティックな理想化のアマリガムだな、という感じ。今日において再検討の必要がある主張とは思えなかった。途中で読むのをやめることにした。