odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

野村實「日本海海戦の真実」(講談社現代新書)

 1905年5月25日の日本海海戦のことは、ノビコフ・プリボイ「ツシマ」によってロシア側のことを知ることができるとはいえ、この国の多くの人は司馬遼太郎坂の上の雲」で知ることになるだろう。ここには、1968年ころの連載中、まだ存命中だった日本海海戦経験者のインタビューが挿入されるなど、ノンフィクション的な興味があると同時に、やはり小説であった。また、発表から40年近くたつとなると、史実研究の精度があがって、当時の定説が覆されることも多くなっている。そのような予断を持っている読者の一人であったので、この新書に書かれていることは多少の驚きになった。

「海戦史上空前の勝利の通説をくつがえす誰も書けなかった「丁字戦法」の真相!東郷平八郎は奇跡的勝利の真の立役者だったか。海軍極秘資料に基づき、その意外な真相に迫る。日本海海戦の勝因――世界中が驚いた連合艦隊の完勝には、ふたつの重要なポイントがあった。つまり、杳として行方がつかめないバルチック艦隊の通過コースを的確に予測し迎撃できたこと、そして「誰もが予期しなかった」緒戦における敵前大回頭である。日本海海戦の勝因については、ほかにもさまざまな要素がからんでいるのだが、このふたつのポイントで成功したことが「アドミラル・トウゴウ」の名を世界に知らしめ、「日本海軍が生んだ天才」秋山真之の知謀を称揚することになったと言ってよいだろう。しかし、日本海海戦の舞台裏については、……まったく別の真実が存在する。」
『日本海海戦の真実』(野村 實):講談社現代新書|講談社BOOK倶楽部

 すなわち、丁字戦法(敵前大回頭)を発案したのは秋山真之ではない、決断したのは東郷平八郎ではない(もともと海軍軍令部?だったかの、もしバルチック艦隊と戦ったらという指令書にその命令が書かれていた)。東郷平八郎バルチック艦隊対馬海峡から来ることの万全の自信を持っていたわけではなく(戦い当日に敵艦隊が現れなければ、津軽海峡警備のために移動する予定だった、その内容の命令書が発令される前に「敵艦隊見ゆ」の電報が入った)、など。
 結局のところ、弱小発展途上国の日本にとっては先進国と互角に争うことのできた最初のできごと(経済、文化を含む)であったので、この勝利を国内で多いに利用、宣伝する必要があった。その過程で、重要な決断をしたものや作戦を考案したものを、東郷や秋山のような個人に集中することによって、「神話」化が行われた、そのことが組織の格をあげ人を集め予算を獲得することに役立った、そんな妄想をもった。神話化作用は功罪相半ばする。少なくともこの海戦勝利の成功体験は組織の硬直化をもたらしたし、その後の海軍のタクティクスを拘束することになったし(はっきり覚えていないが太平洋戦争の海戦でも敵前大回頭を実施していたのではなかったかな)、東郷自身は昭和に入ってからの海軍の近代化を阻止することになってしまった。
 もしかしたら、アレキサンダー大王やナポレオンのような大戦術家も、後の人々による神話化によって、作られたのかもしれないな。そうであったとしても、そのような神話化を実現するような強烈な個性の持ち主である彼らを否定することはできない。
 民族国家はたいていの場合、旧政権を打倒したり、権限を委譲されたりして新たにつくられる。そのときに、国家の正当性を示すナショナルアイデンティティが必要になる。ひとつは正当性を証明する歴史だし、もうひとつは民族国家ができたときのページェント。後者を繰り返すことによって、民族的なアイデンティティを再確認・統一することができる。たとえば、アメリカの独立記念日であったり、フランスのバスティーユ監獄襲撃であったり、かつてのソ連の2月革命の冬営襲撃であったり、ほかの国でも・・・。この国では、明治維新日露戦争がそのような歴史的ページェント。なので定期的に再現され、そこにナショナリズムと国家の正当性の根拠を見出そうとする。1945年以降だいたい四半世紀ごとに日露戦争は映像化されているのだよね。「明治天皇と日露大戦争」1957、「二百三高地」1980、「坂の上の雲」2009みたいに。