odd_hatchの読書ノート

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廣重徹「科学の社会史 下」(岩波現代文庫)

2013/01/31 廣重徹「科学の社会史 上」(岩波現代文庫) の続き。

「戦後日本の科学は,戦時の総力戦体制の構築とともに整えられた基盤の上に成長し,経済政策に即応するかたちで大きな飛躍を遂げた.下巻では,敗戦・復興から高度成長へといたる時代の科学に焦点を当てる.科学と時代を見すえる著者の眼差しは鋭い.その深い洞察は,科学の未来を考えるうえで多くの示唆に富んでいる.」
岩波書店


 下巻は敗戦から1970年までを総括する。
 科学の動員体制は、日本に限らず、ドイツ・イギリス・フランス・アメリカ・ソ連などでも行われた。それぞれ特色がある(戦地になったフランス、ドイツ、ソ連は成果を上げづらかった)。とくに成果の著しいのはアメリカであり、とくに核兵器の開発の成功に顕著である。戦争中から戦後冷戦の構造やアメリカの<帝国>化は始まっていたのであった。この国では資源の不足、科学者の熱意なし、組織間の縄張り・セクショナリズムなどで成果をほとんどあげなかった。このあたりを概観した時、成功の鍵はプロジェクト制をうまくしけたかにあったと思う。明確な目標、きちんとしいたタイムスケジュール、進行を管理するマネージャー制など、マンハッタン計画にあって、理研のレーザー開発になかったのはこのあたりにあるのではないか。そのあたりの反省と克服は戦後経済成長期のこの国の技術者や経営者によってなされたのではないかしら。NHKの「プロジェクトX」に現れるように。
 さて、戦後の科学体制を著者は3期にわける。第1期は敗戦から独立までの貧困期、1968年ころまでの経済成長期、その後現在(1972年ころ)までの科学の反省期。この時代の区分を描くとき、著者の視点は主に科学者集団の組織化にあてられ、日本学術会議の成立過程を描く。まあ、戦中の指導者の排除、共産主義思想に影響された民主科学者協会の排除などを通じて、若い(大正以降の生まれ)科学者が複数の官庁の指導を受け反発しながら組織を作り、科学者集団に対する権力を持つというストーリーを展開する。このあたりの叙述は生彩にかけていて、それは実名を出せないとか、「現代」をまとめる視点をもてないとか、いくつか理由を考えられる。そのなかで大きいのは戦後の「科学の体制化」というとき、体制が科学をどのように認識し、どのように施策化するのかという分析が欠けているためだろう。戦前の体制化は軍事とファシズムへの翼賛ということで説明できるのだが、戦後の「体制」はそのような分析では不十分である。どのような分野に費用と人を配分するとか、その成果を産業や政策にどのように使うかとか、どのような集団が科学施策を考案し施策を行っているのか、長期的な計画を誰がデザインし実施状況を監視しているのかとか、考察するところは多々残っている。たぶんカレル・ヴァン・ウォルフレン「日本/権力構造の謎」にまとめられるようなヌエ的というか実体をつかめないというか多層的というか、そんな権力構造の分析まで踏み込まないと「科学の社会史」は描けないのではないか、そんな感想。(これらは解説の吉岡斉が既に書いている)
 公害と学生叛乱は科学を相対化することになり、著者はこれらの運動の指摘した科学の問題を解決することが重要と考える。科学は思想や政治に中立ないし無影響ではない(党派的、政治的である)、産業ばかりでなく人々の幸福を考慮せよなどは重要。一方、この時代に反知性主義神秘主義、反科学の呪術思考などもはやった。ここのところはいい加減にすましておく。
 この分野にはもう20年以上ご無沙汰なので状況を知らないのだが、このような1970年以降の「科学の社会史」はだれかに書かれてるのだろうか。敗戦から65年たち、科学と社会の関係も複雑怪奇になっている。