odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

チャールズ・ダーウィン「チャールズ・ダーウィン」(岩波文庫)

 チャールズの第三子フランシスの記したチャールズの記録。初出は1892年。邦訳は1927年で、生物学者で進化論の紹介者である小泉丹が行った。自分のもっているのは1987年の第3刷。旧字旧かなで、活字はところどころつぶれているという状態。

ダーウィン家 ・・・ 祖父エラスムス、父ロバートの紹介。エラスムス博物学者であることは有名だが、祖母が陶磁器のウェッジウッド家の出であることはあまり紹介されない。父ロバートは医師。チャールズにはエラスムスという兄と4人の姉妹がいた。

自叙伝 ・・・ チャールズが自身の子供のために1876年に書いた自叙伝(彼は1809年生まれ1882年没)。全体は4部。幼少時代から大学生へ、ビーグル号の博物学航海、田舎の隠遁と著述生活、著作リストと説明。ここに記載された内容が後のダーウィン伝のもとになっている。彼の自己申告によると、博物学航海から帰国したら健康を害して、田舎住まいと養生生活を余儀なくされたとのこと。それが可能であったのは、父ロバートが十分な資産を残してくれて、労働しないですんだから。生活の心配が無いところで、十分時間をかけて科学的検討を行えたのが彼の成功の鍵。このような生活はなかなかできるものではなかったし、科学が制度化された20世紀以降、こういう科学者はもういない。田舎生活にもかかわらず、最新知見を入手できたのは、筆まめで手紙を大量に書いて情報交換していたからという。雑誌よりもはやく情報を得るためには、たくさんの知人を持って、頻繁に手紙を書くことが必要だった。手段は変わったが、方法は今でも有効。

宗教 ・・・ はなはだ要領を得ない文章であるのだが、まあ揚げ足を取られないように注意深く書くとなると、このようになるに違いない。自分なりの要約を試みれば、宗教(ダーウィンはイギリス正教会に所属)と科学的方法は両立するという見解に他ならない。種の変異が自然選択と突然変異によって起こるのであるが、それは神に疑義をはさむものではないよ。科学的方法は限界があって、その方法で真偽を決定できない問題には介入しません、さらには個人の信教の自由を統制するものではありません、というのが彼の考えだろうなあ。自叙伝を読むと、この人は宗教的な問題を考えることはあまりなかったようで、特に無神論を展開するとか聖書の権威を引き落とすとかそんなことには無関心であったようだ。

日常生活の追憶 ・・・ 写真や動画を残すことのできない時代では、亡くなった人を思い出すよすがは、このような文章によるしかない。朝起きてから寝るまでの習慣、特長的な動作、口調、食事や嗜好品の好き嫌い、趣味、などなど、まあなんともわずらわしい記述が続く。面白い指摘は、チャールズが狩猟と乗馬を好み、音痴で、小説を音読してもらうのを好み、日常は著述と手紙書きを午前中に、午後は動植物の最終と解剖などに費やしていたことなどかな。以下は重要な息子の証言だと思う。

「自分ら子供達にとっては、父が教会にでるというようなことはきわめて珍しい出来事であった。(P156)」。
「『起源』の事件の当時、ライエルにあてた手紙に、多年の労作がウォレース氏(ママ)によって、機先を制せられた事を考えた失望の情を圧伏するを得ないことを、自ら甚だ怒って居るさまが現れて居る。(P196)」

 これを読んだからといって進化論の理解に寄与することはないが、進化論を論じるとき、とくにダーウィンに言及するときにはこれを読んでいたほうがよい。ダーウィン自身がどのような人で、どのような考えをもっていたかの重要な証言だから。
 さて、この本はすでに品切れと思われる。自分は自炊をして電子情報に変化して保管するのだが、すでに著者も翻訳者も亡くなって50年以上を経過している文章は何らかの方法で流通できないものかな。