odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

トマス・トライオン「悪魔の収穫祭 下」(角川文庫)

トマス・トライオン「悪魔の収穫祭 上」(角川文庫) - odd_hatchの読書ノート
 村がどうなっているのか、というのが大問題なのだけれど、それは新参者のネッドには把握できない。なんとなれば、村人は彼に説明しないから。現在のとうもろこし王ジャスティンも、いたずらものジャック(かわいそうに舌を切られ、口を縫合される)も、村から飛び出したいワージーも、教会の鐘尽きエイミスも、隣の家のロバート教授も、教会のバクスレー牧師も。彼ら男性はあいまいな言葉でなにごとかをほのめかすだけ。そして、詮索するのではなく、伝統に従いなさいと忠告する。ネッドは広告業のやり手かもしれないが、この種の濃密な人間関係には無縁な都会人で、しかもアトリエにこもりがちなので、情報を入手する手段がないし、村人と交友する機会にもとぼしい。
 一方、コンスタンチン家の女性は村にうまく溶け込んでいく。妻べスは村のキルティングサークルに参加して、婦人会の活動に熱心になるし、ぜんそくもちの娘ケイトは、希望していたポニーをもらえないのですねているが、2回の発作(一度は医師が投げ出した)からフォーチュンの呪術治療で奇跡的な復活を果たす。そしてフォーチュンになついていく。家族がすこしずつ解体しているのだね。そのことにネッドは鈍感で、理解することができていない。
 ネッドにおきた奇妙なことは、1)アグネス祭で霊媒に次のとうもろこし王に指名されたこと、2)トウモロコシで作った呪術人形を見つけて破棄したこと(それをジャスティンにのちに咎められる)、3)ソークスの森で杭の上に置かれた頭蓋骨を見つけたこと(杭には空洞があって頭蓋骨が歌っているように聞こえる)、4)フォーチュンに「体験」しなさいといわれた夜、白衣の男女が儀式をする幻視を見たこと、5)隣の後家さんテイマー(それは10年前のとうもろこし女王の自殺の関係者)に誘惑されて、妻べスと気まずくなること、6)霊媒ミッシー(白痴の少女)に繰り返し警告を受けること(「一番大事な夜に注意せよ」)、などなど。これらに不審をだいたネッドは一人で調査するが、村人の妨害ないし無関心にあう。そしてもっとも大事な収穫祭の日、教会の前でフォーチュンによって村八分にされることが宣言される。その瞬間から村人は彼に背を向け、関わりを持たないことを意思表示する。

 探偵小説としてみると、複数の事件がある。14年前のグレースの自殺であり、村を出ようとして保護されたワージーの失踪であり、普通と違ってとうもろこし王の妻となったとうもろこし女王ソフィーの自殺であり、ジャックの舌切除というリンチである。これらの事件の謎を解く手がかりは、それこそネッドの家探しのときから読者の目前に提示され、読み過ごしてしまった読者は下巻200ページを過ぎてから明かされる「真実」に愕然とするだろう。と同時に、作者のフェアネスに敬意を払うであろう。
 とはいえ、そのようなカタルシスがろうそくの炎のように消えてしまうのは、そのあとの「一番大事な夜」に起こる数々の出来事にほかならない。なるほど、「大地なる母」であり、「豊穣の女神」であり、エイノシスの祭儀(よくわからないがロバート教授が古代祭儀にそのようなものがあると説明してくれた)であり、「金枝篇」であるのだ。下巻ののこり100ページは語らない。この驚天動地の真相に驚愕し、首筋がうす寒くなるのと体験してほしい。
 最後に記載することがあるとすると、ふたつの映画のシーンを思い出すこと。ひとつは「黒いオルフェ」の宗教儀式であり、もうひとつは「テキサス・チェーンソー・マサカー」。とくに後者がこの小説の発表の時期とほとんど同じであるとすると、その偶然にやはり首筋は寒くなるに違いない。いや、そのことよりもう一度作者に戻るべきか。若いときは俳優であり、出演した映画も多数あるとはいえ、40代を過ぎてこのような傑作ホラーを生み出し、そののちいくつも模倣されるひとつのジャンルを開拓したとなるとその手腕と構想力に驚きと敬意をもう一度表明する(とはいえ、古いホーソン「緋文字」の再解釈ともいえるのだけどね)。すばらしい。あまりに細部のイメージが鮮明で恐怖を繰り返し味わうことになり、二度と読みたくないと思わせるだけでも。